デジタル・ヘルスケア最前線(5)~デジタル技術で救えなかった患者を救う

デジタル・ヘルスケア最前線(5)~デジタル技術で救えなかった患者を救う
予防・健康
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医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」(ジョイン)

「糖尿病から腎不全に至った患者さんは、足を失うリスクが一般の人の481倍もあります」

そう警告するのは、「富士 足・心臓血管クリニック」(静岡県富士市)で病院長を務める花田明香医師だ。

糖尿病の患者や予備軍は増加傾向にあり、糖尿病合併症の中で一番多いのが足の末梢神経障害だという。糖尿病による下肢(足)切断は、中高年の男女には決して他人ごとではない。

それでも「病院にかかれば、下肢切断まで至らない」と高をくくる人もいるかもしれないが、現状では専門施設への紹介が遅れ、その間に足病変の症状が急速に進行して重症化する傾向にある。そうした事態を避ける手段の1つが、デジタルヘルスケアの活用だ。花田医師は、医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」(ジョイン)を活用して、専門病院をはじめ他の施設と連携して、下肢切断を極力避けようと日々、努めている。

木原三郎さん(70代、仮名)は糖尿病に伴う足のトラブルがあった。「神経障害、血流障害のため難治性皮膚潰瘍を繰り返していました」と語る花田医師は、足病変の重症化予防に熱心に取り組んでいる人工透析クリニックと連携して、木原さんの治療に当たった。

ただ、透析クリニックは車で1時間もかかる。

「足趾(そくし=足の指)の拘縮(こうしゅく=持続的な収縮)もあるため、再発予防目的の装具を履いていても、足趾に傷ができてしまうことがあります。わずかな異変が認められるたびに、木原さんは遠い道のりを通い、クリニックを受診していました」(花田医師)

救急現場の課題解決も

患者にとって遠距離の受診は大きな負担だ。同時に、足病の専門外来にとっても1人ひとりの診療に時間を要し、予約患者に加えて急な受診も多いため忙しく、医療者側の負担も大きい。そこで、花田医師は木原さんのケースも、Joinで透析クリニックと連携した。

「違和感や、わずかな病変の段階でも、アプリのチャット機能を使って気軽に他施設の医師らと相談できるようになりました。このため早期から相談することができるだけでなく、受診の必要性も迅速に判断できるようになりました」(同)

この連携により不必要な受診もなくなった。木原さんは足に小さな傷ができることがあっても重症化の予防ができ、足切断も免れている。

このJoinは、日本初の保険適用のアプリで、海外にも展開している。ディー・エヌ・エー(DeNA)の子会社「アルム」(東京)が手掛けている。Joinが活躍するのは、糖尿病の足病変の分野にとどまらない。アルムの坂野哲平社長=写真=によると、Joinによって、救急現場の課題解決に挑んでいるという。

「従来は、急患が搬送され、専門医が不在の場合、専門外の医師が対応するか、専門医が病院に戻るのを待つ必要がありました。しかし、Joinによって、院外の専門医とつながり、検査画像などを共有し、治療に必要な助言を受けられる仕組みとなっています」

ヘルスケアの世界は、デジタルやICT(ネットワークを活用した情報通信技術)などの発展で、これまで救えなかった患者を救おうとしているのだ。

花田明香(はなだ・さやか)

2000年、山口大学医学部卒。2013年、東部病院(静岡県御殿場市)血管外科医長兼フットケアセンター長、2017年、新富士病院外科診療部長兼血管外科センター長などを歴任し、2021年、「富士 足・心臓血管クリニック」を開院し、病院長に就任。所属学会は、日本フットケア・足病医学会評議員など多数。

執筆者
医療ライター
佐々木 正志郎
医療ライター。大手新聞社で約30年間、取材活動に従事して2021年に独立。主な取材対象はがん、生活習慣病、メンタルヘルス、歯科。大学病院の医師から、かかりつけ医まで幅広い取材網を構築し、読者の病気を救う最新情報を発信している。医療系大学院修士課程修了。