自分のための行動プラン「WRAP」
WRAP(ラップ)という言葉をご存じだろうか? 音楽ジャンルのラップではない。Wellness(元気)、Recovery(回復)、Action(行動)、Plan(プラン)の頭文字を取った、自分でつくる自分のための行動プランのことだ。
精神障がいを持つアメリカのメアリー・エレン・コープランド氏を中心に開発され、精神的な困難を抱えた人たちが健康であり続けるための知恵や工夫を蓄積、世界中で活用されている。日本ではWRAP研究会が、「元気回復行動プラン」と訳している。
精神障がいを持ちながら、たくましく、自分らしく生きている人たちはたくさんいる。その特徴を整理すると、「人生に対して、自分自身が主導権を握っていると思っている人たち」であることがわかったという。
自分自身が人生の主導権を握るとはどういうことなのか?
「ざっくり言えば、自分の取扱説明書を自分で用意しておくのが、WRAPです。一度も開いたことがない家電製品のトリセツでも、エラーが出ると慌てて手に取り、故障かどうか動作確認しますよね。説明に従い、再起動したり、違うボタンを押したり。それだけで直ることもあります。それと同じで、自分が『今、ちょっと調子がわるいかも』と思ったときに、トリセツに従って自分をお手入れすればいいのです」
自分の問題解決のレパートリーを増やす
こう解説するのは東京医療保健大学医療保健学部の廣島麻揚教授。自分の心と体に耳をすませて考え、次の手順で書き出しておくと良いそうだ。
□落ち込んだとき、自分はどうしたら元気になれるか。そのために必要なモノやコト
□自分が機嫌よくいるための習慣
□自分が不機嫌になるトリガー(引き金)と、その対処法
□自分が危ない状態にあるときのサインと、その対処法
□より深刻な自分の状態のサイン。自分では対処できない場合、まわりの人にどう対処してもらうかについて
書き出したことを数人のグループワークで持ち寄り、「ちょっとミスすると、もうダメだと思ってしまう。そういう時はどうしたらいい?」「たまらなくイライラしたときはどうしてる?」と困りごとを共有する。
すると、「薬をのむ」「好きな音楽を聴く」「ひとりの時間を持つ」など、「私はこうしている」というさまざまな対処法が提示される。その中から自分でできそうなものを取り入れてみる。そして次回、集まったときに結果を話しあう。「良かったけど、他もやってみる」というように、自分の問題解決のレパートリーを増やしていくのだという。
WRAPグループでは、同じような疾患を抱えた人が、抱えている問題について話し合う。
「今までは精神障がいを患った方は、調子が悪くなったら病院へ行き、専門家の処方を受けていました。ほんとにつらい場合は必要な選択肢ですが、それでは主導権が自分にはありません。WRAPをやっていくと自分が自分をコントロールする感覚が出てきます」。廣島教授はこう語り、ストレス対策としても真似してほしい手法だという。似たような悩みを持つ人が集い、同じ苦しみや生きづらさを情報共有することは、ひとつの思考から抜け出し、視野を広げるきっかけになる。
友達同士や同僚でもOK。愚痴の言い合いではなく、困りごとの解決策を話しあうことがポイントだ。
廣島麻揚(ひろしま・まよ)
東京医療保健大学医療保健学部看護学科教授。博士(保健学)。東京大学医学部、東京大学大学院医学系研究科博士課程、京都大学大学院医学研究科准教授などを経て現職。専門は、精神障がい者の社会参加をはじめ、医療事故防止、高齢者に対する精神看護学など幅広い。精神神経学会、看護管理学会、自殺予防学会、精神障害者リハビリテーション学会ほか多くの学会に所属する気鋭の研究者。