がん 検査 定年後、夫婦に重大な健康リスク

定年後、夫婦に重大な健康リスク(5)~夫の定年後、妻が“健診難民”に

定年後、夫婦に重大な健康リスク(5)~夫の定年後、妻が“健診難民”に
病気・治療
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「夫の定年後、健康診査(健診)をどこで受けていいか分からなくなる被扶養者の妻が増えています。自治体からの健診の案内も見ずに、健診から遠ざかってしまう例が少なくありません」

東京の城東地区をカバーするかかりつけ医として知られる小野内科診療所(東京都江東区)の小野卓哉院長は“健診難民”の現状を懸念する。

江東区に住む吉沢洋子さん(70代=仮名)の夫はすでに定年後で、被保険者だった洋子さんは10年以上も健診を受けていなかった。吉沢さんは吐気・嘔吐、体重減少の症状が出て、心配になって地元の小野内科診療所に駆け込んだ。

診察の結果、「貧血があり、血液検査では低栄養も判明しました」と小野医師。さらに重い病気を疑い、腹部超音波(エコー)検査などを実施したところ、腫瘍が見つかり、がんの可能性が出てきた。小野医師はただちに専門病院へ紹介した。

精密検査の結果、大腸がんと診断された。しかも腹膜播種(はしゅ)があり、ステージ4。腹膜播種とはがん細胞が臓器の壁を破り、種がまかれるように体の中の腹膜に小さながんが広がることをいう。「腹膜播種は手術で摘出するのは困難で、原発(元のがん)の大腸がんを含めて手術は適用されないことが多い。吉沢さんも手術不可で、化学療法(抗がん剤)で治療を続けています」(小野医師)

吉沢さんは以前、地元のスーパーでパートとして働いていたが、正社員でないため健診は対象外だった。(ただし、会社や事業所によっては実施しているところもある)

「健診を受けていれば、同じがんでも早期で見つかり、治療もずっと楽になった可能性があります」と小野医師。

実際、がんの臓器別などによっては早期発見されると、ほぼ完治が期待できる種類もある。大腸がん(結腸がんと直腸がん)もその1つで、5年生存率はステージ1なら98%、同2は90%、同3は83%と少しずつ落ち、同4になると23%まで一気に落ちてしまう(国立がん研究センター)。

健診の制度ではまず、会社や自治体で受ける一般健診がある。がん検診は、人間ドックなどのほか、自治体で受けられる。がん検診の種類は、男女対象の大腸がん、胃がん、肺がんに、女性を対象とした子宮頸がん、乳がんの計5つ。大腸がんの検査は問診と便潜血検査だが、吉沢さんはパートの仕事や家事の忙しさから、「自治体のがん検診の通知も、自分には関係ないとほとんど見なかった」と話している。

日本には約420万の企業があり、中小企業は99%を占める。こうした中小企業の中には残念ながら、大企業ほど、健診面で充実した制度を整えていないところもある。また、会社からも健診に関して十分な情報提供をしてない場合もある。

その結果、「夫婦とも健診の知識があまりなく、健診を受けていなくても自分は大丈夫と思いがちになります。そういう人が実は一番、危ないのです」(小野医師)

中には、高血圧などを長年放置して、脳卒中で倒れる寸前の患者もいた。「定年後は夫婦ともに健康の危機が始まります。健診嫌いだった人もそれを見直した方がいいと思います」と小野医師は呼び掛けている。

小野卓哉(おの・たくや)

1992年、日本医科大学医学部卒。同大学大学院医学科修了、東京医科歯科大学大学院MMA医療管理学コース修了。日本医科大学付属病院循環器内科を経て2006年に小野内科診療所に勤務、16年に院長に就任。日本内科学会総合内科専門医、日本循環器学会専門医など。医学博士。

「健活手帖」 2023-04-29 公開
執筆者
医療ライター
佐々木 正志郎
医療ライター。大手新聞社で約30年間、取材活動に従事して2021年に独立。主な取材対象はがん、生活習慣病、メンタルヘルス、歯科。大学病院の医師から、かかりつけ医まで幅広い取材網を構築し、読者の病気を救う最新情報を発信している。医療系大学院修士課程修了。