定年後には健康診断からも解放された気分になりがちだ。最近、「定年後は無理に健診を受けなくてもいい」という風潮も一部にある。だが、定年後から70歳までの間は、高齢者として健康を損なうリスクが高まる時期でもあるのだ。65歳定年後も検査を欠かさなかった東京都内の中島三郎さん(仮名=70代)が受けた恩恵を紹介する。
定年から数年後、中島さんにかすかな異変が。喉の渇きと軽度の体重減少がみられるようになったのだ。人間ドックを受けると、腫瘍マーカーは正常であり、腹部超音波(エコー)検査でも異常はなかった。
それでも「胃や食道に何か病気が隠れているかもしれない」。そう疑った平成横浜病院(横浜市)の総合健診センター長(東邦大学医学部名誉教授)の東丸貴信医師は中島さんに対し、通常の健診で行われるバリウム胃透視検査ではなく、胃と食道を含めた上部消化管内視鏡を勧めた。
この内視鏡検査では食道に小さな潰瘍が見つかった。東丸医師はすぐ専門医に紹介した。入院して精密検査を実施。結果は早期の食道がんだった。中島さんは内視鏡による粘膜切除術を受けた。
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「胃がんのリスク評価や早期発見には、バリウム胃透視検査より内視鏡検査(1年から5年に1回)とピロリ菌・ペプシノーゲン検査をあわせたABC検診が有用ですが、食道がんのリスクの判断はできません。中島さんは上部消化管内視鏡を受けたので、早期の食道がんを見つけることができました。早期発見できて本当に良かったと思います」(東丸医師)
食道がんは、ステージが進行した状態で見つかると、がんを切除する際に声帯も同時に切除する可能性が高まる。近年、食道がんになる著名人が多く、手術で声帯を取ったため、発声ができなくなり、筆談でコミュニケーションを取るようになった人もいる。
女優の秋野暢子さん(66)も最近、食道がんを公表し話題となった。別の治療法でぎりぎりで声帯を温存できたケースである。秋野さんは2022年にステージ3の食道がんが見つかった。医師から手術か、抗がん剤と放射線治療をセットで行う化学放射線療法の2つの方法を告げられた。秋野さんのがんは声帯の近くにあり、手術をすれば、声を失うことになる。「しゃべることができなくなるのは困るんです」と医師に訴え、後者の化学放射線療法を受け、声帯は温存できた。
食道がんの原因のうちの1つは、飲酒とされる。たしなむ人の食道がんリスクは、上昇するとの研究もある。
中島さんの場合は、現役時代から接待を含めて毎日のように飲酒していたため、ひそかに食道がんのリスクを恐れていた。そういうこともあって、定年後、検査を受け続けていたそうだ。
中島さんは腫瘍マーカーでは異常が出なかった。
「それでも、がんが進行していることがあります。がんの種類や個人差によって腫瘍マーカーの感度がよく出ない場合があります」と東丸医師。
中島さんの早期発見の決め手は、上部消化管内視鏡だった。がんが見つかってうれしい人はいないが、中島さんは「早期で見つかったため声帯を温存できました。不幸中の幸いです」と胸をなでおろす。その後、再発はなく、経過は順調とのことだ。