追悼

家族との幸福時間が糧だった俳優・渡辺徹さん

家族との幸福時間が糧だった俳優・渡辺徹さん
コラム・体験記
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僕が医学生だった40年以上前のこと。キャンパスの近くがドラマ『太陽にほえろ!』のロケ現場であったのを覚えています。

ベテラン俳優に囲まれて、見たことのない若者が一人。スリムで足が長くて、なんて笑顔が爽やかで優しそうな人だろう……ラガー刑事役の新人さんだと級友が教えてくれました。僕のアパートにはテレビがなかったので、知らなかったのです。

しかし、ご本人いわく、スリムだったのはデビュー当時の半年程度。もともと大食漢だったが、東京に出てきてお金がなかった時代、自然に痩せていったのだと語っています。その言葉に僕も共感を覚えました。

その後、俳優として一躍脚光を浴び、歌手としても『約束』が大ヒット。またたくまにスターとなった渡辺徹さんが、11月28日に都内の病院で亡くなりました。享年61。死因は、敗血症との発表です。

渡辺さんは11月19日に、秋田県で開かれた医療フォーラムに参加。しかし当日の朝に発熱し、現地に行ってからリモート出演となったそうです。その翌日に腹痛などの症状があったことから都内の病院を受診。細菌性胃腸炎と診断され入院していました。「敗血症」は、細菌やウイルス感染により全身に炎症が起きた状態をいいます。進行すると重度の多臓器不全となり死に至ります。がんや糖尿病、高齢などで免疫力が低下している人がそのリスクが高いです。

渡辺さんは、30歳のときに糖尿病に。51歳のときに心筋梗塞と診断。52歳のときに急性膵(すい)炎。55歳から人工透析を開始。そして昨年の春には、大動脈弁狭窄(きょうさく)症の手術を受けて一時休業されていましたが、見事に復帰。この10月には舞台に出演されていました。闘病の経緯を知るたび、よくこの状態でお仕事を続けられていたなと驚きます。僕が同じ状態であれば、とっくに投げ出していたはず。体は悲鳴を上げていたはずなのに、テレビで見る渡辺さんはいつも変わらぬ笑顔で、楽しいトークでした。

インタビューのたび、「今の僕があるのは妻のおかげ」と目尻を下げていたのが印象的でした。もしも渡辺さんが独身だったなら、ここまで生きられなかったのではないでしょうか。妻の郁恵さんがいつも家庭を明るく照らして、家族そろって笑顔で過ごした時間は、他の夫婦よりも何倍、いや何十倍も長いものだったかもしれません。

人生とは、美味しいものを食べること。愛する人と笑顔で言葉を交わすこと。これに勝る幸福などないはずです。

「健活手帖」 2022-12-12 公開
解説・執筆者
長尾クリニック院長
長尾 和宏
医学博士。東京医大卒業後、大阪大第二内科入局。1995年、兵庫県尼崎市で長尾クリニックを開業。外来診療から在宅医療まで「人を診る」総合診療を目指す。健活手帖の連載が『平成臨終図巻』として単行本化され、好評発売中。関西国際大学客員教授。