ここ十年あまりで特に広がった「バリアフリー」は、転倒予防の観点から大切です。段差や階段のない住宅や施設は、高齢者や下肢に障害のある人々にとって、とてもありがたいものです。
しかし、このバリアフリーには思わぬ「落とし穴」があります。
以前、私の研究グループの理学療法士(小松泰喜現・日本大学スポーツ科学部教授)がバリアフリー型の介護・福祉施設に入居している高齢者の健脚度(歩く・またぐ・昇って降りる能力)を測定・評価したところ、同年代の在宅高齢者のそれよりも明らかに弱くなっていた、という結果が出ました。
バリアフリー型の介護・福祉施設に入居できると、本人はもちろん、家族も職員スタッフも安心し、こうした施設の構造に依存しがちになるのです。その結果、入居前はそれほど足腰が弱っていなかったとしても、時の経過とともに、知らず知らずのうちに衰弱してしまうことがあります。
当然ながら、バリアフリー住宅や施設、そのスタッフが悪いわけではありません。安全性や快適性に慣れて、からだを使わなくなってしまうことが原因です。この連載で繰り返しお伝えしている「Use it, or lose it」(使わなければ使えなくなる)を思い出してください。
転倒予防のために、バリアフリーの工夫は重要ですが、適度な「バリア・アリー(有り)」の意識を持つことも必要だということです。
その点、日本家屋は、よくできた「バリア・アリー」住宅です。玄関の上がり框(がまち)で履物を履く・脱ぐ、畳(床)の上に座って立ち上がる、布団の上げ下ろしをする、しゃがんで廊下の床拭きをする。こうした日本家屋ならではの日常の動作は、自然に足腰を使い、腕を使い、からだ全体を使う運動になっています。
「普段の暮らしが自然な訓練」なのです。伝統的な日本家屋での生活は、もっと見直されてよいと私は考えています。
最近、宿泊券が東京都三鷹市のふるさと納税の返礼品になったことで話題を呼んでいる面白い建物があります。「三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー」です。
外観は、一般的な家の常識が反転する奇抜なデザインで、室内は、からだのさまざまな機能を刺激し、特に平衡感覚を揺さぶることで心身の活性化を図る構造になっています。視覚・聴覚に障害を有しながら、からだを使って言葉を習得し、自らの運命を変えた(=天命反転した)ヘレン・ケラーを制作のモデルにしたということで、名前が付けられています。
この建物が教えるように、人間のからだには大きな可能性があります。その可能性を生かすためにも、使わなければなりません。