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うがいで糖尿病を改善

うがいで糖尿病を改善
予防・健康
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近年、口の中の病気・歯周病と全身の病気との関連が明らかにされている。そのひとつが2型糖尿病。歯周病になると2型糖尿病になりやすく、また、2型糖尿病では歯周病が悪化する負のスパイラルの関係にある。そんな2型糖尿病患者の血糖コントロールの改善に、薬用マウスウォッシュのうがいが効果を示すことが新たに分かった。研究者の大阪大学大学院歯学研究科口腔全身連関学共同研究講座の仲野和彦教授に話を聞いた。

2型糖尿病と歯周病の関係

日本糖尿病学会の『糖尿病診療ガイドライン』(南江堂)の中でも、2型糖尿病患者の歯周病治療が推奨されているが、本題に入る前に、まず2型糖尿病のおさらいを。

2型糖尿病は遺伝的な要因に加え、食生活の乱れに伴い内臓脂肪からのアディポカインという炎症物質が分泌され、血糖値をコントロールするインスリン(ホルモンの一種)の効きが悪くなり、インスリンの分泌量が減る。インスリンがうまく作用できずに血液中の血糖値が高い(高血糖)状態が続くことで、血管や神経などに悪影響を及ぼし、網膜症や腎症、神経障害による足壊疽(そ)を引き起こし、また、動脈硬化により心筋梗塞や脳卒中の発症リスクも高くなるのだ。

歯周病がもたらす全身への影響

では、歯周病は2型糖尿病の何に関係しているのか。

「歯周病菌は2型糖尿病を悪化させる炎症物質を出すのです。アディポカインと似たような作用を持つ炎症物質です。そのため、歯周ポケットで歯周病菌が増殖して、毛細血管から炎症物質が全身を巡るようになると、2型糖尿病になりやすいのです」

歯周病は、歯周病菌によって歯ぐきに炎症(歯肉炎)が起こり、歯と歯ぐきの間の歯周ポケットで歯周病菌が増殖すると歯を支える骨が溶ける(歯周炎)ことで、やがて歯が抜けてしまう。歯周病のサインは歯周ポケットの深さが4ミリ以上。厚生労働省の2022年「歯科疾患実態調査」によれば、全体で約48%が当てはまり、高齢になるにつれ増加傾向になっていた。

口腔ケアの重要性と課題

「歯周ポケットに生じた歯周病は、歯肉に潰瘍を引き起こし出血させます。その傷から歯周病菌の炎症物質や死骸が全身を巡るようになるのです。口の中の28本の歯全てに歯周ポケット5ミリが仮にあるとすれば、手のひら程度の潰瘍が生じていることになり、手のひらサイズの歯周病菌の入り口があることになります」

歯周ポケットで増えた歯周病菌は、その死骸や炎症物質が血液に乗って全身に流れることで2型糖尿病を悪化。さらに、肥満、狭心症や心筋梗塞といった心臓病、骨粗しょう症など全身の病気も助長させる。それほど歯周病が放つ炎症物質の悪性度が高いといえる。

だが、多くの人は毎日歯みがきをしているだろう。それでも歯周病菌は口の中にはびこるらしいのだ。先の「歯科疾患実態調査」では、毎日歯をみがく人の割合が約97%だったが、歯周ポケット4ミリ以上の割合は半数だった。

「歯周ポケットのプラーク(歯垢)は、歯みがきだけでは落とすことができません。歯科での定期的な清掃が不可欠ともいえます。口腔衛生の重要性を多くの方に知っていただきたい。そのために、薬用マウスウォッシュでの研究を始めたのです」

仲野教授は小児歯科学に精通し、虫歯菌と子供の心臓病のメカニズム解明などの研究を長年行っている。一方、成人の糖尿病や肥満、骨粗しょう症など、全身の病気についても造詣が深く、2020年に口腔全身連関学共同研究講座を開設し兼務している。そこで始めたのがオーラルケアと糖尿病の改善だった。

薬用マウスウォッシュの研究開始

比較的取り組みやすい薬用マウスウォッシュを使っての2型糖尿病の研究に着手したという。

「大阪府内にある糖尿病内科クリニックの協力を得て、2型糖尿病患者さんで歯周病菌の多い10人を対象に、薬用マウスウォッシュとHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー=1~2カ月の血糖値の指標)の値の変化を調べました」

歯周病菌といってもたくさんの種類が口の中には存在する。病原性が最も高いのは、ポルフィロモナス・ジンジバリス(Pg)=写真(天野敦雄・大阪大学名誉教授提供)、タンネレラ・フォーサイシア(Tf)、トレポネーマ・デンティコーラ(Td)の3種類で通称レッドコンプレックスといわれている。

歯周病菌減少とHbA1c改善

この研究で仲野教授は、レッドコンプレックスを含む9種類の細菌とHbA1cの変化を調べたという。薬用マウスウォッシュで1日3回うがいをしたところ、患者によっては1カ月後から歯周病菌の種類が減り、HbA1c12%だった人が3カ月後には8%以下まで激減。レッドコンプレックスもいなくなった。食生活や糖尿病治療薬の服用は変えず、薬用マウスウォッシュでうがいを毎日3回しただけで、歯周病菌が全ていなくなり、高血糖も改善したのだ。

「この研究では、全ての患者さんの歯周病菌はいなくなりましたが、HbA1cが改善したのは10人中6人です。2人は投薬量を減らすまでに至りました。改善した患者さんは、2型糖尿病になってから7~8年で、2型糖尿病の発症からの期間が長くなると効果が出にくいことが示唆されました」

研究熱心な仲野教授は、「水うがいだけでも効果があるかもしれない」と考えたという。さらなる確証のため、新たにレッドコンプレックスを含む歯周病を患う173人の2型糖尿病患者の協力を得て、最初の6カ月は「水でうがい」、次の6カ月で「薬用マウスウォッシュでうがい」をしてもらい、歯周病菌やHbA1cの変化を調べた。

「水うがいでは全員が歯周病菌もHbA1cも変化はありませんでした。が、薬用マウスウォッシュではほぼ全員、歯周病菌が減少しました。5人に1人の割合で菌の減少に伴い血糖値コントロールが改善され、特に若い年齢層でその傾向が顕著でした(図参照)。薬用マウスウォッシュでのうがいが長期間になれば、さらに血糖値コントロールにもよい影響を及ぼす可能性はあると思っています」

これらの研究で仲野教授が使用した薬用マウスウォッシュは、殺菌・静菌作用成分の「グルコン酸クロルヘキシジン」を含む歯科での購入可能な製品。だが、市販のものでも、歯周病に対する殺菌作用を持つ薬用マウスウォッシュならば、効果は期待できるという。

「歯周ポケットで歯周病菌を増殖させないことが大切です。そのために歯みがきや薬用マウスウォッシュのうがい、歯科での定期的なメンテナンスが大切なことを知ってほしいと思います」

歯周病菌と全身の健康への影響

毎日数回、うがいをするだけで歯周病や、それに関連した2型糖尿病などの病気の改善・予防につながるとは、たいへんな朗報だ。

特に「生活習慣を見直しても高血糖が改善しない」人は、歯周病の関与の可能性がある。食生活の見直しと同時に口腔ケアを心がけることが重要になる。

「歯周病菌だけでなく虫歯菌(ミュータンス菌など)も、心臓の弁や壁などを破壊する感染性心内膜炎の原因になったり、慢性腎臓病の悪化、脳の毛細血管を破る微小脳出血などと関係が深いことがわかっています。現在、薬用マウスウォッシュのうがいと慢性腎臓病の改善効果、虫歯による微小脳出血のメカニズム解明の研究を進めています」

歯周病菌や虫歯菌を退治して自分の健康を守ることは、家族の健康にもつながる。たとえば、生まれたばかりの新生児の口には、歯がないので虫歯菌がいない。生後6~7カ月頃に最初の乳歯が生えると、虫歯菌が定着できるようになる。この虫歯菌はどこからやってくるのか…。

家族全員の口腔ケアの重要性

「両親の口から唾液を通して伝播します。口移しで食事を与えていなくても、菌量の多い人からは飛沫で伝播するので注意が必要です」

自身の口腔ケアをないがしろにした状態で、わが子や孫を抱きながらしゃべると、虫歯菌を含んだ飛沫が乳児の口に入り、生えたばかりの歯に虫歯菌が付着するきっかけになるということだ。

「唾液に含まれる歯周病菌や虫歯菌などの種類は、パートナー間や親子間で一致しています。犬などの伴侶動物と飼い主の間でも伝播します。つまり、ご自身のお口の健康(健口)は、家族の健口を守るためにも大切なのです」

妊婦はホルモンバランスの影響で歯周病になりやすく、歯周病が悪化した状態では、早産や低体重児出産のリスクも高くなるという。また、子供がいない家庭でも、歯周病や虫歯菌でパートナーの健康を脅かしかねないのでご用心。神経質に歯みがきを行う必要はないが、食後の歯みがきや薬用マウスウォッシュのうがい、定期的な歯科でのメンテナンスを心がけたい。

「薬用マウスウォッシュでうがいをすれば、全ての人のお口の中の歯周病菌や虫歯菌は減らせます。それを機に、かかりつけ歯科医を持ってオーラルケアへ意識を向けていただきたい。『健康は健口から!』を覚えください」と仲野教授は呼びかける。

仲野和彦(なかの・かずひこ)

大阪大学大学院歯学研究科小児歯科学講座・口腔全身連関学共同研究講座教授。博士(歯学)。1996年、大阪大学歯学部卒。2014年、同歯学研究科小児歯科学教室(現・講座)教授。2020年、同科口腔全身連関学共同研究講座教授。2018年から大阪大学大学院歯学研究科副研究科長、大阪大学歯学部副学部長(兼任)、2024年から大阪大学教育研究評議会評議員(兼任)。

執筆者
医療ジャーナリスト
安達 純子
医療ジャーナリスト。医学ジャーナリスト協会会員。東京都生まれ。大手企業からフリーランスの記者に転身。人体の仕組みや病気は未だに解明されていないことが多く、医療や最先端研究などについて長年、取材・執筆活動を行っている。科学的根拠に基づく研究成果の取材をもとに、エイジングケアや健康寿命延伸に関する記事も数多く手掛けている。