アンチエイジング 長寿

名医に学ぶ「老けない・ボケない」健康長寿食

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エイジングケア
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日本人の平均寿命が更新

今年7月に厚生労働省から「2023年簡易生命表」が発表され、日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性は87.14歳と前年を上回った。新型コロナウイルスによる死者数が減少したことの影響による結果だが、改めて日本が世界に誇る長寿国であることが分かる。そこで期待されるのが、さらなる健康寿命の延伸。“国民食”と言われるカレーも含め、健康で長生きするための“長寿食”の重要性について専門家に聞いた。

長寿と食生活の関係

寿命にはさまざまな要因が関係するが、健康維持のために日頃の食生活が重要であることは周知の事実だ。 「コロナ禍で多くの方が亡くなったわけですが、世界中で研究して気が付いたのは、肥満率の高い国では死者数が多かったということ。諸外国と比べて日本の死者や重症患者の数が少なかったのは、日本人では過度の肥満の人が少なかったからだと考えられます」 こう話すのは、京都大学名誉教授で医師の家森幸男氏だ。長年にわたって世界各地の長寿地域に足を運び、現地の食事と健康の関係について調査してきた。

日本の食文化が支える長寿

世界の寿命の上位ランキングでは、日本の女性は第1位だが、男性はスイス、スウェーデン、ノルウェー、オーストラリアに次いで第5位となっている。 「男性は喫煙や過度な飲酒など、心臓の危険リスクが多い生活習慣が関係しています」 健康長寿食の研究家として知られる家森氏は、長年にわたる研究の結果から、魚介類に多く含まれるアミノ酸の一種「タウリン」と、大豆類に含まれる成分「イソフラボン」の有用性に着目して推奨している。

タウリンとイソフラボンの有用性

「1985年からWHO(世界保健機関)の協力を得て、世界の長寿地域を訪れ、食生活を調べてきました。そこで魚や大豆を食べる国や地域ほど心筋梗塞の発症率が低いことが分かり、データを繰り返し発表しています」 タウリンは細胞が健康を維持する非常に重要な成分。体内でも合成されるが、微量のため不足分は食事からとる必要がある。昔から魚を食べる習慣が身についていた日本人は、長寿のために大切な食材を摂取していたのだ。

魚介類摂取率の低下に懸念

「魚と大豆をともに摂っている日本の食文化の特色が、日本人の長寿を支えているのです」 ただ、今年7月に大正製薬が全国の20代以上の男女1000人を対象に実施したインターネット調査によると、「魚やイカ・タコ・貝類などの魚介類を積極的に摂るようにしている」という人は全体の半数以下(46.5%)だった。家森氏は「若い人たちの魚離れがどんどん進んでいるのは大問題だと思います」と指摘する。

エストロゲンに似たイソフラボンの働き

「食事が西洋化して肉を食べる機会が増えましたが、長寿を目指すならば、できるだけ魚介類を積極的に摂りたいものです」 女性ホルモンの「エストロゲン」と似た働きをすることで知られるイソフラボンも、体内で血管を拡張させるNO(一酸化窒素)を作ることから長寿をサポートする栄養素の一つとされている。

大豆摂取と心筋梗塞予防

「イソフラボンは心筋梗塞のリスクを下げる善玉(HDL)コレステロールを増やしてくれます。その結果、血管の劣化が抑制され、動脈硬化が原因の病気が発生しにくくなるわけです。大豆を多く食べる日本人や中国人、魚介類をよく口にするスペイン人、ポルトガル人は心筋梗塞での死亡率が低くなっています」

葉酸が持つ健康メリット

健康メリットは他にもあるという。 「ビタミンBの一種である葉酸の値が高いのです。葉酸は妊婦さんへの摂取が推奨される栄養素として知られる一方で、認知症予防に役立つ可能性があると推定されています。米国やカナダでは1998年から法律でパン類に葉酸を添加するようになっていて、カナダでは2000年代になってから脳卒中が減ってきています。オックスフォード大学の研究では、葉酸を与えられた高齢者は、脳の中で記憶に関係する海馬の委縮も抑制されることが分かってきています」

日本人の食文化の多様化

現代の日本は食文化が多様化している。例えば日本人の国民食として定着しているカレー。 「長寿で知られるウイグル族は、肉を塩ではなくカレー味で食べます。肉においしく食べようと塩を振りかける人は多いと思いますが、動物実験では塩の味が強いと、コレステロールのレベルが高くなります。脂が腸から吸収されるときに塩分によってリンパ液が増えて脂が血液にどんどん運ばれるようになるのです」

魚介類不足が短命の一因

カレーといえばインド。しかし平均寿命は日本よりも短い。これについて家森氏は「インドはヒンズー教の方々が多く、カレーを食べているとはいえ、ケララ州以外ではまったく魚介類を食べていないのです」と解説する。 「そこで、世界中で代替肉として流行している大豆を使ったソイカレーもいいと思います。タウリンやDHAなどは魚以外にも海藻からも摂れますので、菜食主義の方には海藻を入れたカレーがいいでしょう」

注意が必要な塩分摂取量

一方で、家森氏が「注意が必要」と解説するのが、塩分の摂取量についてだ。 「カレーも塩分が多いものは要注意です。高血圧になりやすくなり、脳卒中のリスクが高まります。日本で要介護の状態になりやすい原因の1位は脳卒中、2位は認知症。認知症はアルツハイマー型が多いことが知られていますが、血管性の認知症が合併している場合があります」

過剰な塩分が脳卒中を引き起こす

家森氏は1974年に脳卒中を起こすラットを開発。この脳卒中ラットに1%(みそ汁程度の辛さ)の食塩水を与えると、生後3カ月ほどで全例脳卒中を発症したという。 「塩分の摂取量が多い東北地方でも脳卒中になる人は多く、塩分が脳卒中の引き金を引くのは間違いありません。推奨される1日の塩分摂取量の基準は男性7.5グラム未満、女性6.5グラム未満。上手に“適塩”で食べるとともに、野菜や果物を積極的に食べ、塩の害を抑えることが大切です」

ヒマラヤ山岳民族と高血圧

家森氏によると、チベットやネパールなど、ヒマラヤの山岳民族は血圧が非常に高い傾向があったという。日常的に飲むバター茶に塩が入れられており、1日の塩分摂取量が平均で18グラムだったこともあり、高血圧に陥りやすかったのだ。さらに先祖を水葬してきた伝統から、魚を食べる習慣がなかった。そこで、血圧高めの方にタウリンの粉末3グラムを飲んでもらったところ、2カ月間で血圧の数値は改善したという。

家森氏の「美ランチ」の実践

家森氏が普段の食生活で実践しているのは、自身が前理事長を務めていたNPO法人が推奨する「美ランチ」の食べ方、「まごわやさしい」。豆(大豆)▽ゴマ▽ワカメ(海藻)▽野菜▽魚▽シイタケ(キノコ類)▽イモ—の頭文字を取った合言葉だ。 「ぜひおぼえておいていただきたいですね。私の場合は朝、ヨーグルトにきな粉やとろろ昆布、じゃこを入れて食べるようにしています。海産物には塩分もありますが、ヨーグルトには塩分を排出するカリウムやマグネシウムが十分に入っています」

沖縄の長寿復活への取り組み

今も現役で活動し続けている家森氏には大きな目標がある。“長寿県”としての沖縄の復活だ。 「かつて沖縄は平均寿命で日本の中でもトップでした。ところが健診を繰り返していく内に、どんどん肥満の人が増えていき、私は沖縄の長寿はいつまでも保てないと考えていました。厚生労働省の『2020年都道府県別生命表』によると、沖縄は男性43位、女性16位。沖縄の食生活で問題なのは、野菜の摂取量が全国の中で平均以下になっていること。食の欧米化が多分に影響していると思います」

健康寿命を延ばすための工夫

健康的な食文化に恵まれてきた日本。そこにひと工夫を加えて生活習慣を見直せば、健康寿命を自分で延ばすことも期待できる。

家森幸男(やもり・ゆきお)

1937年、京都市生まれ。京都大学大学院修了。医学博士。同大学名誉教授。WHO(世界保健機関)の協力で世界61地域を40年かけて健診。24時間尿の分析で大豆や魚介類の常食が生活習慣病を少なくし、「適塩和食」で健康寿命延伸の可能性を検証。現在、武庫川女子大学健康科学総合研究所の国際健康開発部門部門長、兵庫県健康財団会長、健康加齢医学振興財団理事長を務めている。

執筆者
「健活手帖」 編集部