高齢者の鬱病の実像を発信する医師・上田諭さん~東京さつきホスピタル(東京都調布市)
医療ジャーナリスト 長田昭二

京王線・つつじヶ丘駅から徒歩5分の「東京さつきホスピタル」(東京都調布市)は、病床数156の精神科と心療内科を主体とする専門病院である。ここに勤務する上田諭医師は、高齢者の鬱病と認知症の診断と治療に高い専門性を持つ精神科医だ。
「人の心に興味があって」と大学は社会学部へ。卒業後は新聞記者として社会人デビュー。
しかし、希望しない部署への異動で鬱々とするなか、もともと持っていた“人の心”への思いがふつふつと再燃。一念発起で医学部に入り直して精神科医になった苦労人なのだ。
「当初は小児精神科医療を目指していたのですが、高齢者の急性期精神科を経験した時に、そこで実践されている医療の貧弱さに愕然としたんです。これは何とかしないと…と考えて、高齢者の精神科を専門に選びました」
高齢者がうつ症状を発症する原因は何気ないことが多いという。配偶者の死のような大きなイベントよりは、足をくじいて捻挫したとか、かぜで数日寝込んだとか、周囲から見たら「そんなことで?」と思うような出来事から鬱の世界に引きずり込まれていく。
しかし、そうしたことを理解している医療者は極めて少ないため、安直に「認知症でしょう」と診断が下され、意味も効果もない治療が無駄に続けられることになるのだ。
「鬱症状を訴えて私の外来を受診された患者さんのおよそ8割は鬱病でした。しかし他の医療機関に行くと、その大半が認知症で片付けられてしまっていたはず。残念なことに、そうした誤診を明確に否定する医学的な理由も乏しいのが実情なんです」
著書などを通じて高齢者の鬱病の実像を発信し続ける上田医師の元には、行き場を失った患者と家族が数多く集まってくる。丁寧に話を聞き、継続した治療で改善を目指す上田医師の存在は、まさに最後の砦であり、駆け込み寺でもあるのだ。
上田諭(うえだ・さとし)
東京さつきホスピタル医師。1957年、京都府生まれ。81年関西学院大学社会学部を卒業し、朝日新聞社入社。横浜支局、長野支局、東京本社、西部本社に勤務。90年北海道大学医学部に入学し、96年卒業。米デューク大学メディカルセンターで研修、日本医科大学講師、東京医療学院大学教授、戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長等を経て、22年から現職。趣味は「低山登山」。