脳とココロの気になる話

脳とココロの気になる話(3)~あなたは何の依存症?

脳とココロの気になる話(3)~あなたは何の依存症?
コラム・体験記
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飽きっぽい脳も食欲と性欲は飽きずに湧いてくる

私の周りにはいろいろなことにハマっている人がいます。カラオケ、買い物、マラソン、ギャンブル、酒、セックス…。なぜ中毒や依存症になるのかご存じですか。わかりやすいところでは麻薬中毒、これはかなり危険ですが、アルコール依存症や精神安定剤依存症はよく聞きます。

動物が生存していくために欠かせないことは、食べていくことと子孫を残すことです。食べるという行動には食欲が、子孫を残すためには性欲が脳の中に生まれなければなりません。

脳はほとんどの繰り返す刺激には慣れてしまい、同じ刺激に反応しなくなります。しかし、食欲や性欲に飽きてしまっては、生存していくことができません。そうです、食欲や性欲は繰り返しても、また飽きずに湧いてくる欲望なのです。

アドレナリンの“とりこ”になった脳神経外科医

ここで面白い話をしましょう。私の知る脳神経外科の教授は、腕が良いと評判です。実際、手術が三度の飯よりも好きなくらいでした。

彼の手術には一つ特徴がありました。難しい手術、危険な手術が大好きなのです。難しい手術、そして術中の出血のとりこでしたが、実はその時、体から出てくるアドレナリンのとりこになっていたのです。

アドレナリンがどっと出た後は、疲労感とともに達成感も味わうことができ、難しい手術を成功させたことで二重の達成感があるのでしょう。

アドレナリンは脳内麻薬も放出する

命を失うような危険を楽しむ“エクストリームスポーツ”はどうでしょう。例えばスキューバダイビング、ロッククライミングでは、大けがをすることもあります。

なぜ続けるのかというと、勇気があるからではないのです。危険な行動がアドレナリンをどっと出させます。

アドレナリンが出るのは、その生物が戦うか逃げるか切羽詰まったときです。アドレナリンが出ると、心拍出量が増え、血圧が上がり、瞳孔は開き、筋肉に大量の血液を送り、神経は高ぶって身体は臨戦態勢になります。このアドレナリンは同時に脳内麻薬エンケファリンも放出させ、痛みを感じなくさせます。

食欲、性欲も脳内に快楽が生まれる仕組み

脳の中にも麻薬と同じ物質が存在して脳の中で快楽を引き起こしているのです。すなわち食欲、性欲を満足させると脳内に快楽が生まれる仕組みになっていたのです。

そして食欲、性欲を繰り返し起こさせるために長い進化の過程でできあがったのが、脳内の報酬回路です。食欲や性欲を満たしたときに快楽が生まれるのです。

報酬回路から脳内麻薬エンケファリンが放出

報酬回路からは脳内麻薬であるエンケファリンが放出されて快楽が生まれます。この報酬回路の引き金を引きドライブをかけるのが、ドーパミンやアドレナリンなどの神経伝達物質です。

危険な手術やエクストリームスポーツが好きで繰り返している場合、それらの行為でアドレナリンやドーパミンが放出され、そして報酬回路が働いて脳内麻薬が出ているのです。

資本主義の基本は人にドーパミンを出させること

実験動物のラットでは、チョコレートを食べさせるとドーパミンの放出量は55%増え、交尾は100%、コカインは225%も増加させます。

ラットは正直です。食欲にも性欲にも従うだけでなく、麻薬には一番大きく反応します。人間もラットと同じです。実に人間も食べ物と恋愛の話は大好きで、毎日のテレビや週刊誌にも宣伝があふれています。

良いことにも悪いことにも中毒はあり、その原因はアドレナリンかドーパミンです。資本主義社会では、多くの会社がドーパミンやアドレナリンを放出させるようなものを売り、それを習慣化させようとします。みなさんはだまされないように気を付けてください。

解説・執筆者
脳外科医
氏家 弘
脳外科医。1978年、岩手医科大学卒業、東京女子医大で研修を積んだ後、2009~2017年、東京労災病院、脳神経外科部長。その間、脳神経外科手術と医工連携による医療機器の開発に没頭。2019年から氏家脳神経外科内科クリニック(東京・紀尾井町)院長を務め、鎌ケ谷総合病院でも手術を執刀する。暇を見つけては、好きなワインを傾けながら進化発生生物学に夢中になっている。