認知症 生活習慣病 睡眠・不眠 「良い眠り」のために

良い眠りのために(3)~心筋梗塞、認知症のリスクを上げる睡眠時無呼吸症候群にも「眠り方」が関係

良い眠りのために(3)~心筋梗塞、認知症のリスクを上げる睡眠時無呼吸症候群にも「眠り方」が関係
予防・健康
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「睡眠の質」のカギ握るレム睡眠

レム睡眠時には、大脳皮質の血流が活動時やノンレム睡眠時の2倍近くの血流が生じている可能性が高いことがわかりました。東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻睡眠生理学研究室の林悠教授はこれに加えて、レム睡眠がノンレム睡眠を深くする作用も見いだしています。

これまでは、質のよい睡眠とは、睡眠深度の3段階中のN2やN3といった、深いノンレム睡眠をとることとされてきました。しかし、睡眠の質とはあまり関係ないと思われてきたレム睡眠が、深いノンレム睡眠を牽引することがわかってきたのです。

「2015年の私を含む筑波大学の研究で、レム睡眠を一時的に減らすマウスをつくり脳波を観察すると、健常ではだんだん浅くなるはずのノンレム睡眠が急激に浅くなることがわかりました」

具体的には、ノンレム睡眠時に生じる徐波、つまり周波数4Hz(ヘルツ)以下のゆっくりした脳波が減弱するそうです。そして、レム睡眠を減らしたマウスの睡眠を元に戻すと、その直後に徐波の強さも元に戻ることも明らかになりました。さらには、レム睡眠を非常に長くしたマウスをつくって観察すると、長いレム睡眠の直後に強い徐波が観察されました。このことから、レム睡眠にはノンレム睡眠を促す作用があると考えられます。

「レム睡眠があることでノンレム睡眠をもう一回深くもっていくことが、質の良い睡眠には大事なのだろうと考えられます」

レム睡眠不足で様々な病気リスク

認知症の患者はレム睡眠が少ないことがわかっていますが、実は睡眠そのものが少なくなり、浅いノンレム睡眠のみの人が多いのです。林教授は、認知症が進行するメカニズムの一端として、次の可能性をあげています。

「マウスに遺伝子操作をして、家族性アルツハイマー病の原因遺伝子をもたせたモデルマウスをつくり、その睡眠を測ると、そのマウスは睡眠時間が少なく、とくにレム睡眠が少なくなります。そのマウスはアルツハイマー病の原因物質が脳に蓄積した結果としてレム睡眠が減り、睡眠時間そのものも減ったと考えられます」

「さらにそのマウスは、睡眠時間が減ったことでアルツハイマー病のような病態が進行し、さらにレム睡眠と睡眠時間が減り、病気はますます進行し…という悪循環を繰り返しているのではないか、と考えられます」

つまり、レム睡眠をしっかりとれないがゆえに深いノンレム睡眠に入れず、浅いノンレム睡眠ばかりになって睡眠時間も減り、脳のダメージが増す、というのです。

もうひとつ、レム睡眠が十分に取れない病気に、重症の睡眠時無呼吸症候群(SAS)があります。眠ると喉の筋肉が弛緩(しかん)して下がり、気道がふさがるが、そのたびに目を覚ますため深い眠りがとれないという症状です。

「長年SASを患っていた人がCPAP(シーパップ。空気圧で気道を確保する)治療を開始すると、そのとたんにものすごくレム睡眠が増えます。ヒトはレム睡眠をとれない状態が続くと、あとから帳尻を合わせるようにたくさんとるのです」

SASは心筋梗塞や脳卒中、認知症など多くの病気のリスクを上げることで知られています。これらのリスクと、レム睡眠をとれないことによるリスクを回避するためにも、心当たりのある人はぜひ内科、耳鼻咽喉科、循環器科、睡眠外来などを受診してください。

解説
東京大学大学院理学部生物学科教授
林 悠
東京大学大学院理学部生物学科教授、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構客員教授。博士(理学)。1980年、山口県生まれ。近著に『東京大学の先生伝授 文系のためのめっちゃやさしい睡眠』。
執筆者
ジャーナリスト
田幸 和歌子
医療ジャーナリスト。1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。「週刊アサヒ芸能」で健康・医療関連のコラム「診察室のツボ」を連載中。『文藝春秋スーパードクターに教わる最新治療2023』での取材・執筆や、健康雑誌、女性誌などで女性の身体にまつわる記事を多数執筆。