認知症 治療・最新治療 「新薬」と「音」で認知症治療

「新薬」と「音」で認知症治療(5)~“脳への刺激”をあたえる「ガンマ波テレビ」発表

「新薬」と「音」で認知症治療(5)~“脳への刺激”をあたえる「ガンマ波テレビ」発表
病気・治療
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40ヘルツの音で認知機能を活性化

40ヘルツの音を、ヒトのアルツハイマー病と同様にアミロイドベータ(Aβ)が蓄積しているマウスに聴かせると、40ヘルツのガンマ波が現れ、脳内のAβも増えにくくなる。

米マサチューセッツ工科大学のツァイ教授による研究(2019年発表)は、世界中の認知症研究者を驚かせた。その後、ヒトで臨床試験が行われ、安全性と効果を確認。さらに現在は多数例を対象とした最終段階の試験まで進んでいる。

杏林大学名誉教授(精神神経学)の古賀良彦医師は、40ヘルツの音刺激によって、なぜ40ヘルツのガンマ波が出現し、Aβの増加が抑えられるのかについて、こう説明する。

「ヒトは音を聴くと、この音は何だろうと、きちんと聴き分けようとします。脳の中で記憶として貯蔵されているさまざまな音と今聴いている音は同じものなのか、同じだとすればどんな音色なのか、など詳細に判断します。そのようなプロセスを反映するものとして、40ヘルツのガンマ波が観察されるのだろうと考えられています」

脳が高度な認知機能を営む結果として40ヘルツのガンマ波が出現する、ということは、認知機能の障害の検査にもガンマ波が利用できるということだ。実際に認知症の補助的な診断にもすでに用いられている。また聴覚情報は、とくに注意を向けなくても脳はそれをキャッチしているので、日常の生活で40ヘルツの音が流れている環境にいれば、40ヘルツガンマ波が出現しやすくなり、ひいては認知症予防にもつながるのではないかと考えられる。

新製品のテレビスピーカー「kikippa」で認知症予防

ところが、連続して出現する40ヘルツの音というものは、日常にはまずない。ツァイ教授らの実験では1秒に40回同じ音がするだけのパルス音を使っていたが、日常的に聴き続けるには負担が大きい。そこで、筑波大学准教授の落合陽一氏が立ち上げたピクシーダストテクロノジーズと塩野義製薬が組んで、テレビなど日常に存在する音を、40ヘルツ周期の変調音にする技術を開発した。

その技術を活かしたテレビスピーカーの「kikippa(ききっぱ)」=写真=が先日発表された。テレビの音や音楽などの音声を分離し、40ヘルツ周期に変調、リミックスした「ガンマ波サウンド」は、分離した背景音とボーカルをそれぞれ変調する際に、背景音よりボーカルの変調度合いを低くすることで音声が聞きやすくなっている。

実際のユーザーの声を聞いた。「操作は簡単で使いやすい。毎日夕方から夜にかけ、リビングにあるテレビを見る際に使用しています。見る番組はクイズ番組やニュースが多いです」(80代女性)、「ダイニングキッチンのテレビに設置して、食事時にニュースや時代劇を見ています」(70代男性)

問題なく楽しんでいるようだ。

「本体に通信端末を内蔵しており、Wi—Fiの設定等は不要です。みまもり機能もあるので、離れて暮らすご家族にもお役に立てるのではないか」と広報担当者。

認知症の非薬物療法の要として、五感を刺激する大切さ、とくに聴覚についてのトピックをお伝えしたが、嗅覚や視覚、さらに触覚により脳を積極的に刺激することも有用だと古賀医師は話す。

「カフェインの摂り過ぎが心配されるコーヒーは、飲まずに香りを嗅ぐだけでも認知機能を高める作用があります。折り紙が好きならそれを楽しむことで視覚や触覚の刺激を通じた脳の活性化を図ることもできます。認知症予防で大切なのは、自分の好きな感覚によって脳を無理なく刺激し続けることです」

解説
杏林大学医学部名誉教授
古賀 良彦
慶應義塾大学医学部卒業。1990年、杏林大学医学部精神神経科学教室助教授、1999年、同主任教授、2016年、杏林大学医学部名誉教授に就任。医学博士、日本精神神経学会認定専門医、日本臨床神経生理学会認定医・名誉会員、日本催眠学会名誉理事長。著書・テレビ出演多数。
執筆者
医療ジャーナリスト
石井 悦子
医療ライター、編集者。1991年、明治大学文学部卒業。ビジネス書・実用書系出版社編集部勤務を経てフリーランスに。「夕刊フジ」「週刊朝日」等で医療・健康系の記事を担当。多くの医師から指導を受け、現在に至る。新聞、週刊誌、ムック、単行本、ウェブでの執筆多数。興味のある分野は微生物・発酵。そのつながりで、趣味は腸活、ガーデニングの土作り、製パン。