糖尿病患者に長生きが多いのはなぜか?
糖尿病の治療薬のひとつとして用いられている「メトホルミン」。現在、日本では約10円程度で処方されているこの薬を、老化治療薬として用いることができるか証明しようという動きがアメリカなどで進んでいると、銀座アイグラッドクリニックの乾雅人院長は語る。
「古くは中世の時代にさかのぼります。フレンチ・ライラックとして知られる花が、糖尿病の症状に対して有効である記述が知られています。その成分を抽出して作られたのが、メトホルミンです。糖尿病の治療薬として60年以上も使用されてきました。ところが、過去のデータから驚くべき可能性が指摘されます。どうも、糖尿病の治療目的に服用していた人たちの方が、健康で服用していなかった人たちよりも、健康的だったり、寿命が伸びているのではないか?という指摘です」
既存薬再開発(ドラッグリポジショニング)は、これまでもさまざまな医療分野で研究されてきたが、これは実に興味深い。
「実際に、何十万人単位で投与されたデータを検証して、メトホルミンの老化に対する可能性が妥当性を帯びます。現在、米国では65~79歳の3000人の患者に対し、14の代表的な施設で、6年間に渡る検証の真っ最中なのです。糖尿病治療薬が老化治療薬になるかもしれないという、まったく予想もしなかったことが起こったわけです」
それではメトホルミンは具体的に何を引き起こすのか。乾院長が解説する。
糖尿病治療薬「メトホルミン」の働きとは?
「メトホルミンは、細胞の中でエネルギー代謝システムの調整役を行うアンプキナーゼ(AMPK)を活性化させます。細胞の内部の代謝状況を感知したり、調整したりするものと思っていただければ分かりやすいかと思います。このアンプキナーゼや、サーチュイン、免疫抑制剤のラパマイシンに関連するmTOR(エムトア)などの要素が、複雑に絡まりあって、寿命や、老化の治療にも関係することが明らかになってきました」
サーチュイン遺伝子を活性化させる物質や今回で取り上げたアンプキナーゼ(AMPK)を活性化させるメトホルミン以外にも、複数の物質が相互に関係すると乾院長は言う。
「老化とは決して単一なものではなく、ひとつの切り口だけで説明できませんし、ひとつの治療法だけで治るものでもありません。それでも、『老化は治る』という世界観を認識しておくことには大きな意味があります。実際の治療法を深く理解するために、メトホルミンでアンプキナーゼが活性化する、がん細胞とは究極の老化細胞である、免疫細胞による貪食やアポトーシスの誘導が大切等、確実にわかっているものを抑えることで、より『老化の本質』を深掘りできるかと思います」
今後の研究がますます期待できそうだ。
「まだまだ解明されない部分もある中、老化は治るもの—というスタンスでの研究はますます進んでいくはずです。今から30年後、WHOがICD—12という病気の分類表を作成するころには、きっと、老化の分類表も整備されていることでしょう」
あと30年、がんばって生きてみたい。
(取材・太田サトル)