細胞の分裂が停止し老化細胞に
染色体の末端にあり、細胞の寿命に関与するといわれるテロメア。それは細胞分裂を繰り返すたび短くなっていく。
「ずっと昔は、細胞とは永久に分裂を続けるものだと考えられていました。それがアメリカのレナード・ヘイフリック博士たちの研究によって、細胞分裂にも限界があって、寿命があることが判明します。この限界は、発見者の名前にちなんで、ヘイフリック限界と呼ばれています」
テロメアの短縮は、老化にも大きく関係する。この「ヘイフリック限界」に端を発する「細胞老化」の研究も、老化の本質をつかむ鍵の一つと、銀座アイグラッドクリニックの乾雅人院長は語る。
「人間の場合、細胞は50~60回分裂すると、機能停止します。その機能停止した細胞が老化細胞なんです。これが周辺組織に炎症を起こし、SASP(サスプ)と呼ばれる状態を引き起こします。ちょうど、蓄積し過ぎた内臓脂肪が周辺組織に炎症を起こすメタボリックシンドロームのようなものです」
その結果、高血圧や糖尿病、脂質異常、動脈硬化などの各種症状が起きるという。
がんは「究極の老化細胞」
「この老化細胞に対する治療法は主に2つです。老害社員に対しては辞職してもらうか、リストラを敢行するのと同様、老化細胞に対しては、自ら消滅してもらうか、他の細胞によって取り除くしかありません。前者が、細胞の自殺と呼ばれるアポトーシスの誘導です。後者が、免疫細胞による貪食(どんしょく)と呼ばれるものになります」
乾院長は、同時に、がん細胞とは「究極の老化細胞」とも言う。
「テロメアが一定以上に短くなった場合、細胞は老化細胞となって機能停止します。しかしながら、一部の細胞は暴走して、さらに細胞分裂を続け、テロメアがいよいよ無くなり、さらなる危機に瀕(ひん)します。機能停止することは実は、生命個体の身体を守る仕組みでもあるのです」
もし機能停止させることができないまま放置するとどうなるのか。
「老化細胞の壁を突破し、テロメア短縮の限界を突破すると、チョイ悪である老化細胞が、ゲキ悪のがん細胞になります。例えるなら、半グレと、ヤクザやテロリストのようなものでしょうか。こう考えると、がん細胞とは究極の老化細胞なのです」
こうして整理してみると、老化細胞に対する治療法が、がん治療に応用されることもあり得るし、これまで使用していた抗がん剤が、老化細胞除去薬として使用されることが研究されていることも、当然のことだろう。
「生体内の治安の維持という面では、老化細胞に対してもがん細胞に対しても、免疫細胞が除去するということは同じです。がん免疫治療薬『オプジーボ』を投与することで、老化細胞が減少し、身体機能が改善することが昨今ニュースにもなりました。また、東京大学医科学研究所の中西真教授らによって、細胞分裂後に体内に残る老化細胞を除去するための薬、GLS1(グルタミナーゼ1)阻害薬の検証もすすめられています。近い将来、それらが活用できるようになるかもしれませんね」
これまでの30年間、人類はがんを克服すべく戦ってきた。これからの30年間は、人類は老化を克服する戦いにも挑むことになる。老化を治療するという、新たな未来への可能性につながってきている。
(取材・太田サトル)