コロナ禍前の話です。50代のサラリーマンT氏は、ある夜、ほろ酔い気分で最終電車に乗ろうと階段を降りたときに滑って転び、軽く頭を打ちました。痛みもなく、コブもできていないので、そのまま帰宅。翌朝からも、これまで通りの日々を過ごしていました。
ところが、1カ月後あたりから、歩くとちょっとふらふらするし、もの忘れがひどい。疲れやすいし、頭痛もひどい。どうもおかしいと病院の脳神経外科へ。「慢性硬膜下血腫」と判明し、手術で事なきを得ました。
転倒で怖いのは、第一に、頭のケガです。
死や寝たきりに直結することもある「急性硬膜下血腫」や「脳挫傷」をきたす例もあります。
映画「麗しのサブリナ」や「戦場にかける橋」などで知られる米国の俳優、ウィリアム・ホールデン。ハリウッドきっての正統派二枚目スターでしたが晩年はアルコール依存症をきたし、泥酔状態で自宅で転倒、テーブルに頭を打ちつけ、頭を大きく切り、出血多量で死去しました。63歳でした。発見は死後4日たってからだったといいます。
軽く打った場合でもT氏のように、後々になって、症状が現れる場合もあります。特に、高齢者では起きるリスクが高くなるので、知っておくことが重要です。
転倒による「骨折」もよく見られます。とくに高齢者の場合、骨が脆(もろ)くなっていることから、転倒で骨折をきたすことが多い。転ぶ方向にもよりますが、「手首」「肩」「背骨」「大腿骨(だいたいこつ)」の骨折が多いです。
中でも治るまでに時間がかかるのが「大腿骨近位部骨折」です。「股のつけ根」の骨折で、長期の入院や手術を要します。その間に、元々あった病気が悪くなったり、別の病気が起きたり、認知症が生じたりして、寝たきり・要介護に至ることが少なくないのです。
さらに一方の大腿骨を骨折した人は、そうでない人に比べて、もう一方の大腿骨を骨折するリスクが約9倍といいます。骨折が骨折を呼ぶ、いわゆる「骨折ドミノ」の危険性も高まります。
大腿骨近位部骨折の原因の9割が転倒と考えられています。したがって、転倒を予防できれば、この骨折の大半を防ぐことができるのです。転倒は、身体機能の衰えなどの「結果」でもありますが、頭のケガや骨折をきたすなどの「原因」にもなる。転倒を考えるとき、その両面を捉えることが重要です。