転倒防止や生活の質向上のために重要とされている筋肉トレーニング。しかし、「健康のためにも運動は大切」と思いながらも、しっかりと取り組めているのはごく少数派でしょう。ハードルを下げながら効果の見込める方法とは何か。理学療法士である中村雅俊さんが考案したのが、1回3秒かけてゆっくりブレーキを掛けながら体を動かす「3秒筋トレ」です。
筋力低下は「サイレントキラー」
「筋力は運動不足だと70代で30%くらい落ちますが、急に弱くなるわけではありません。40代から1年に1、2%ずつ落ちていき、階段の上り下りがつらくなるなど、気付いたときには弱くなってしまっているのです」
中村さんは、こう話します。
加齢による筋肉の減少は「サルコペニア」(加齢性筋肉減弱症)と呼ばれ、さらに心身が疲れやすくなる「フレイル」(虚弱)状態に陥ると言われます。転倒による骨折はもちろん、生活習慣病の悪化、認知症などさまざまな健康リスクを引き起こす要因となるとされています。
「ネガティブな影響が大きいにもかかわらず自覚しにくいことから、私は筋力低下を『サイレントキラー(静かなる殺し屋)』と呼んでいます。高血圧で用いられる言葉ですが、生活が劇的に悪くなってしまいますから。高血圧などと一緒で、まずは予防しておくことが大切です」
「3秒筋トレ」の国際的評価
そこで、日常生活を行う上で基本となる動作の改善を目指してサポートする理学療法士である中村氏が開発したのが「3秒筋トレ」。その効果についての国際論文を2022年に発表し、米紙「ニューヨーク・タイムズ」が取り上げるなど大反響を呼びました。
「筋トレというと、しんどい方が効果があると思われがちですが、そのイメージが運動することを敬遠させる要因になっているのではないかと。運動が嫌いな人たちも多いので、それでも続けられる方法を研究してきてたどり着いたのが3秒筋トレです」
初心者におすすめの種目
今年6月にはノウハウを詰め込んだ著書『たった3秒筋トレ 世界最短時間で10歳若返る』(講談社)をリリースした中村さん。初心者向けにまず取り組んでほしいというのが、「椅子座り」と「かかと下ろし」の2種目。1回の動作を3秒かけて行い、10回ほど繰り返します。運動不足や加齢などで衰えやすい足腰の筋肉を刺激して、筋力アップが望めると言います。
「3秒かけてゆっくり動かすのもそうなのですが、“下ろす動き”に重点を置いているのがポイントです。専門的には『エキセントリック運動』と言われていて、じっくり丁寧に行うため、高齢者でも筋力アップや維持が望めます。イメージしやすい何かを持ち上げる動きよりも下ろす方がトレーニング効果が高く、かつ楽にできるのです」
(取材・磯西賢/撮影・岩崎叶汰)
かかと下ろし
鍛えられる部位:下腿三頭筋
①両足を腰幅に開いてまっすぐ立つ。壁に手を添えてバランスを取る。椅子を用意して背もたれに手を添えてもOK
②かかとをできるだけ高く引き上げ、つま先立ちになる。
③「1」と声を出してカウントしながら、かかとを真ん中あたりまで下ろす。「2、3、4、5」とカウントしながら、かかとをゆっくり床すれすれまで近づける。かかとが床についたら最初に戻り、同じように繰り返す。
椅子すわり
鍛えられる部位:大腿四頭筋、ハムストリングス、大殿筋
①用意した椅子から少し離れて、両足を腰幅に開いてまっすぐ立つ。両腕は胸で組む。
②「1」と声を出してカウントしながら、膝が90度ほど曲がるところまで尻を下ろす。背筋が丸まらないように注意。
③「2、3、4、5」とカウントしながら、尻をゆっきり座面すれすれまで近づける。尻が座面についたら最初に戻り、同じように繰り返す。
中村雅俊(なかむら・まさとし)
理学療法士。西九州大学リハビリテーション学部准教授。長崎大学卒業。京都大学大学院医学研究科博士課程修了後、同志社大学スポーツ健康科学部助教、新潟医療福祉大学リハビリテーション学部講師を経て、2022年から現職。同年に「3秒筋トレ」の効果についての国際論文を発表。