1Gの衝撃がもたらす新たな健康効果
高血圧改善に対する運動の効果が、自律神経や血管・血流に好影響を与えることは、よく知られている。昨年発表された新たな研究では、軽いジョギングによって、足から脳へ約1Gの衝撃(加速度)が伝わることで、高血圧が改善されるメカニズムが証明された。さらに、1Gの衝撃は、高血圧改善以外にも健康に役立つことがわかった。研究を行う国立障害者リハビリテーションセンター病院臨床研究開発部の澤田泰宏部長は、次のように話す。
1Gの衝撃と脳機能調節
「私は細胞生物学者として、身体に加わる適度な衝撃と間質液(組織液)の流動、それに伴う細胞への影響を研究しています。そのひとつとして、1Gの衝撃が脳機能を調節・維持することも明らかにしました」と澤田部長。
軽いジョギングなどで足が地面に着いたときには約1Gの衝撃が脳へ伝わる。このとき、細胞の周りを満たす間質液が1Gの衝撃で揺れ動くことで細胞を刺激し、その刺激が細胞や組織の不具合を調整すると澤田部長は考え、研究を進めている。
脳への衝撃と幻覚抑制
そのひとつとして、マウスに幻覚を誘導する薬(高容量のセロトニン)を投与し、軽いジョギング程度の運動を1日30分~1週間続ける群と、脳へ1Gのリズミカルな衝撃を1日30分~1週間続ける群を分けた。その結果、いずれの群も、1週間後には幻覚反応が抑制されたことがわかったのだ。薬に対する受容体が脳の細胞の表面から内部へ移動し、薬に対する反応が低下していた。
「脳の間質液の流動が、細胞を刺激して、薬による悪影響を減らしたのです。脳への1Gの衝撃は、脳機能を調節・維持することがわかりました」
座面上下動椅子による研究成果
澤田部長らは、人体に与える適度な衝撃の影響を調べるため、座面が上下に動く研究用の座面上下動椅子を開発。高血圧患者を対象に1日30分・週3回・1カ月間搭乗してもらったところ、高血圧が改善し、交感神経の活性を抑制することも明らかにした。
ストレス緩和や認知症予防への可能性
交感神経は、血管を収縮する作用があるため、活性が抑制されると血管が拡張しやすくなると考えられる。また、強いストレスを受けたときにも交感神経は優位に働く。1Gの脳への衝撃は、過度なストレスの緩和、うつ病予防にも役立つ可能性がある。もちろん、脳機能の調整・維持作用は証明されているため、認知症予防の一助になる可能性も秘める。
新たな研究への期待
「脳の間質液が流れて細胞が正常に導かれることは、さまざまな病気の改善や予防が期待できます。しかし、私たちのチームメンバーは限られています。ぜひ1Gの衝撃に興味を持った研究者や企業に、参画していただきたい。多くの方々に研究していただくことで、新たな発見が見いだせると思っています」
1日30分の軽いジョギング(速歩でもOK)による適度な衝撃は、人間の健康と密接な関わりを秘めている。