糖尿病

糖尿病治療の最前線

糖尿病治療の最前線
病気・治療
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近年、新たな薬の登場で治療の進展が目覚ましい。専門医に聞いた。

食欲調節、血糖値制御するインスリン

健康診断で「早朝空腹時血糖値126mg/dl以上」、過去1~2カ月の血糖値の平均値を示すHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)が「6.5%以上」で、糖尿病の疑いが強くなる。

いわば、高血糖状態が続いて体に悪影響を及ぼしているサインともいえる。そんな高血糖を正常値に戻すのがインスリンだ。食後に血糖値が高くなると膵臓(すいぞう)から分泌され、それを合図に筋肉や肝臓、脂肪細胞がブドウ糖を取り込み、血糖値が下がる仕組みになっている。

「細胞がブドウ糖を取り込むことに加え、インスリンは、脳に作用して食欲を調節したり、さらに間接的に血糖値を制御します。その働きも、とても重要です」

こう話すのは、千葉大学医学部附属病院糖尿病・代謝・内分泌内科科長の小野啓准教授。

「インスリン抵抗性になると、膵臓からインスリンが分泌されていても、細胞がブドウ糖を取り込めなくなり、脳への作用も低下します。その悪影響の研究も進めています」

インスリン抵抗性になると、細胞がブドウ糖を上手く取り込めなくなるため、さまざまな臓器に悪影響が出る。脳も栄養不足に陥り、血糖値を抑えられない状態につながるのだ。まず、このことをよく覚えておこう。

肥満ではなくても2型糖尿病は発症する

日々の食生活に密接に関わるのが2型糖尿病だ。食いしん坊というと肥満を思い浮かべる人が多いと思うが、2型糖尿病については、肥満でも発症しない人がいれば、肥満でなくても発症してしまう人がいる。

2型糖尿病は、(1)血糖値をコントロールするホルモンであるインスリンの効きが悪くなる(インスリン抵抗性)(2)膵臓(すいぞう)からのインスリンの分泌量が減り、高血糖状態が続く。内臓脂肪がたまっていると、インスリン抵抗性に関わる物質が放出される。

このため、暴飲暴食による内臓型肥満は、2型糖尿病の引き金といわれる。

だが、それほど太っていなくても2型糖尿病になるのはなぜか。小野啓准教授が解説する。

「2型糖尿病も体質が関係します。遺伝的にインスリンを出す力が弱く、インスリンが効きにくい体質があるとされているのです。体質に加えて、食べ過ぎや運動不足が続くと、それほど太っていなくても2型糖尿病になる人はいます」

小野准教授は、糖尿病の診断・治療を数多く手掛ける一方、インスリン抵抗性などの研究を長年行っている。

「体質によっては、暴飲暴食をしていなくても高血糖になります。健康診断で高血糖状態が続くようなら、医療機関を受診して原因を突き止め、適切に対処していただきたいと思います」

健康診断では、空腹時血糖値126(単位・mg/dl以下同)以上で糖尿病の疑いが強くなる。110~125はグレーゾーンで詳しい検査が必要になる。100~109は正常高値。100未満が正常値。

それほど太っていない状態で、暴飲暴食もしていないのに、治療が必要な「D」判定を見るとショックが大きいだろう。糖尿病は、進行すると尿に糖が出るようになり、腎機能の低下、網膜症による失明、心筋梗塞や脳梗塞のリスクアップなど、怖い合併症があるからだ。

「D判定でも、インスリン分泌量やインスリン抵抗性などの状態によっては、必ずしもすぐに治療が必要になるわけではありません。ご自身の状態を把握するために医療機関をうまく活用しましょう」

空腹時血糖が130の人と、250の人では、明らかに高血糖状態は異なる。高血糖で2型糖尿病イコール怖い合併症にすぐになるわけではない。

「2型糖尿病をむやみに怖がる必要はありません。適切に対処することで長寿も実現可能です。ただし、高血糖状態の放置は不健康につながります」

両親が糖尿病と診断されている人は、体質的に高血糖になりやすい可能性もある。食生活を見直しても高血糖が続くようなら、早めに医療機関を受診しよう。治療薬が必要か、不必要か、早めの診断が重要になる。

医療現場に光もたらす2つの治療薬が登場

糖尿病の治療は高血糖を改善することが重要だが、薬によって血糖値が下がりすぎると低血糖になり、神経系に異常を引き起こし痙攣(けいれん)や昏睡状態などで命に関わることがある。低血糖にならないようにしながら、薬を上手く活用することが、かつては大きな課題となっていた。その状況を一変させたのが「GLP―1受容体作動薬」の登場だ。

2010年に週1回投与の糖尿病治療薬として発売され、現在では、皮下注射薬6種類、経口薬1種類が承認されている。

小野准教授が解説する。

「GLP―1受容体作動薬は、高血糖のときに膵臓(すいぞう)に働きかけてインスリンの分泌量を増やし、脳に働きかけて食欲を抑える作用があります。単独使用では低血糖も起こしにくく、まさに大発明の薬といえます」

もともと糖尿病治療薬には、インスリン量を増やす薬はあるが、「食欲を抑えて体重を落とす」薬は皆無だった。必要に応じてインスリンの分泌を促し、食欲も抑えるのは、GLP―1受容体作動薬ならではの作用だ。肥満症治療薬としても承認され今年2月には、GLP―1受容体作動薬のひとつ「セマグルチド(一般名)」が発売された。

「高度肥満症では効果的な薬が乏しく、治療を諦めていた患者さんも以前はいました。『セマグルチド』の登場で治療が行いやすくなりました。体重減少を実感でき、食生活の見直しへの意欲も向上しやすいと思います」

昨年、糖尿病治療でさらに効果的な「持続性GIP/GLP―1受容体作動薬」も新たに登場した。かつての治療と劇的に変わりつつある。

高血糖をコントロールするには、余分なブドウ糖を体外に出すのもひとつの方法だ。尿中にブドウ糖を排泄する「SGLT2阻害薬」は2014年に登場した。

「SGLT2阻害薬は、2020年に慢性心不全、21年に慢性腎臓病の治療薬としても承認されました。糖尿病の患者さんは、慢性心不全や慢性腎臓病を合併することがありますが、SGLT2阻害薬を服用したことで、いずれの症状の改善も明らかになりました」

慢性心不全は、心臓の機能低下が継続している状態。慢性腎臓病も腎機能低下が続く。どちらも機能回復が難しいだけに、新たな治療薬・SGLT2阻害薬の登場は、医療現場に光をもたらしたともいえる。一方、GLP―1阻害薬によって、低血糖に注意が必要な状態の人も治療を受けやすくなった。SGLT2阻害薬との併用で、食生活の見直しにも取り組みやすい状況に、さらになっているという。

「私たちのマウスの研究では、高齢になるとインスリンの効きがよくなっていました。年を重ねると不健康になるといわれがちですが、糖尿病に関しては高齢になると改善する可能性があるのです。中年期に薬を上手く活用して健康を維持して、高齢期を迎えてほしいと思います」

スマホで簡単に確認できる持続血糖モニター「CGM」

自身では把握しづらい血糖値を24時間測定し、データ記録できるのが持続血糖モニター(CGM)だ。

自分で血糖値を測る一般的な医療機器としては、「自己血糖測定器」がドラッグストアでも手に入るほど普及している。指先に針を刺して少量の血液を採取し、血糖値を測る仕組み。食前食後、糖尿病治療薬の服用後など、どのように血糖値が変化するのかがわかる。

一方、CGMは、小さなセンサーを腹部や二の腕に貼り付けて24時間血糖値を自動測定。データは、スマートフォンのアプリや専用のモニターで確認できる。

東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科の西村理明主任教授は、「CGMのセンサーでは、皮下に細い針が刺さりますが、痛みはほとんどありません。センサーを着けたまま入浴などもできますし、スマホをかざすだけでデータを見ることができることも便利です  」と語る  。

2010年からCGMは保険適用された。西村教授は、その後押しをし、研究はもとより、正しい使い方や啓蒙活動に尽力している。

「CGMでは、運動の血糖値に対する効果も確認でき、患者さんの食生活を見直すモチベーションを上げる作用もあります。また、薬の効きも一目瞭然なので、低血糖を防ぐために役立ちます」

血糖値は上がりすぎても下がりすぎてもいけない。低血糖では体に悪影響を及ぼす。たとえば、空腹時血糖値100mg/dlは正常値とされているが、70mg/dl以下になると低血糖。手足の震えや動悸などの症状が現れ、50mg/dl以下になるとけいれんや昏睡状態などに陥り、命に危機が及ぶ。

「糖尿病の治療薬で効果が強すぎると、低血糖が引き起こされることは珍しくありません。たとえば、寝る前のインスリンの投与量が多すぎると、夜間寝ているときに低血糖に陥ることがあります」

インスリンは血糖値をコントロールするホルモンだ。糖尿病では、分泌量が減り、インスリンの効きが悪くなることで高血糖につながる。インスリン療法は皮下注射で体内のインスリン量を増やすが、薬が効きすぎてしまうと血糖値が下がりすぎて、低血糖になってしまうことがあるのだ。

「起床時の低血糖には対策を講じることができますが、寝ているときは難しい。そのリスクをCGMのデータで知ることができます。薬の量を調整しやすいのも利点です」


 

CGMなどデジタルデバイスの進化で血糖値管理がやりやすくなった

AI利用し自動で補充のインスリンポンプも登場

糖尿病治療の進展は目覚ましい。血糖値をコントロールするホルモンのインスリンが枯渇した場合は、インスリンを補充するインスリン療法が不可欠となる。その方法として、AI(人工知能)を利用して自動的にインスリンを補充できるインスリンポンプも登場した。

食事をすると、消化吸収されたブドウ糖が血中に流れて血糖値が上がり、膵臓からインスリンが分泌される。細胞や臓器がブドウ糖を取り込んでエネルギー源とし、私たちは生きている。糖尿病でインスリンの分泌量が減少すると、この仕組みが破綻し、体に悪影響を及ぼす。足りないインスリンを補うのがインスリン療法だ。

「インスリン製剤は、作用発現までの時間が速く、作用時間が短いものや長いものなど、さまざまな種類が登場しています。糖尿病のタイプや状態によって使い分けます」

最新治療について西村教授が説明する。

食後血糖値を抑えるため、インスリン注射は食前に1日3回行うのだが、1日1回の製剤もある。昨年8月には、週1回投与のインスリン製剤が日本で初めて承認申請された。

「欧州では吸入型のインスリン製剤もありますが、1回の吸入でインスリン皮下注射の10倍量くらい吸わないと効きません。注射でないのは便利ですが、いかに効果的に使用するかが問われます」

インスリン療法では、皮下注射を行うのが面倒で、うっかり忘れてしまうようなことも起こる。それを防ぐため、自動的にインスリンを補填(ほてん)するインスリンポンプと、持続型血糖モニター(CGM)を組み合わせた「SAP(サップ療法)」が、2014年に保険適用となった。

腹部にセンサーとインスリン注入できる小さな機器を装着する。CGMのデータを基に、高血糖時に合わせて適量のインスリンが自動で投与される機器も登場している。西村教授は、その最先端研究を行ってきた。

「インスリンが必要になる量やタイミングは、患者さん一人一人で異なります。それをプログラムが自動的に行ってくれる医療機器は、非常に便利です」

小野啓(おの・ひらく)

千葉大学医学部附属病院糖尿病・代謝・内分泌内科科長、准教授。1995年、東京大学医学部卒。米国アルバートアインシュタイン医科大学、埼玉医科大学などを経て現職。糖尿病や肥満、インスリン抵抗性について診断・治療・研究を数多く行う。

 

西村理明(にしむら・りめい)

東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科主任教授。同大附属病院糖尿病・代謝・内分泌内科診療部長。医学博士。公衆衛生学修士。1991年、同大卒。富士市立中央病院内科医長、米ピッツバーグ大学公衆衛生大学院などを経て2019年から現職。

執筆者
医療ジャーナリスト
安達 純子
医療ジャーナリスト。医学ジャーナリスト協会会員。東京都生まれ。大手企業からフリーランスの記者に転身。人体の仕組みや病気は未だに解明されていないことが多く、医療や最先端研究などについて長年、取材・執筆活動を行っている。科学的根拠に基づく研究成果の取材をもとに、エイジングケアや健康寿命延伸に関する記事も数多く手掛けている。