撮影に対する抵抗と決意
「病床の父を撮ることにまったく抵抗がなかったわけではありません。しかし、父は拒絶しなかった。私自身も何が起きても受け止め、積極的に看取りに臨もうという気持ちになりました」
末期がんで入退院を繰り返し、「家に帰りたい」と強く望んだ91歳の父親を、86歳の母親が看取る。その最期の日々を息子が撮影したドキュメンタリー映画「あなたのおみとり」。
撮影のきっかけと母の反応
監督の村上浩康さん(58)は撮影のきっかけをこう振り返る。
「介護をめぐって母との衝突を繰り返し、だんだん帰郷がおっくうになりつつあった。どうすれば、少しでも前向きな気持ちになれるのかと考えたときに、この過程を撮影してみるのはどうかと思いつきました」
撮影を通じて感じた気づき
何も言わず、食事中の父親にカメラを向けた。父親は撮影する姿をチラッと見ただけで、何も言わなかった。母親は「お父さん、浩康が撮ってくれているよ。もしかしたら映画になるかもしれない。そうなったらお父さんはスターだよ」と笑っていた。
「母もまさか本当に映画になるとは思っておらず、父を励ますためにそう言っていたような気がします。父は最後まで、撮影に関して何も言いませんでした」
介護の現場と社会の実情
村上監督自身も当初は、あくまでも撮影は「介護の現場にわが身を置くための口実」だった。しかし、撮り始めてすぐ、「これは映画になる」と確信したという。
「作品冒頭にも登場しますが、訪問入浴の様子を撮影した際、あまりの手際の良さに驚きました。これはすごいぞ、と。ヘルパーさんや看護師さんと母の日々のやりとりからも、高齢化社会や老老介護の実情が浮かび上がってくる。わが家の狭いお茶の間に、“日本の今”が凝縮されていました」
高齢化社会とご近所づきあい
かつての新興住宅地は今や、高齢者地域に様変わり。高齢期の暮らしには近所づきあいが命綱になると実感したとか。
「ご近所の方にもずいぶん助けていただきました。母がどうしても外出しなくてはならないとき、父と一緒に留守番をしてもらったり、買い物を手伝ってもらったり。両親は年を重ねる中で、人づきあいも少なくなり、ひっそりと暮らしていた。ところが、父の看取りをきっかけに、家にいろいろな人が出入りするようになった。父の看取りを通じて母はある意味いきいきと生命力を取り戻していっているようにも見えました」
看取りを通じて気づいたこと
ある舞台あいさつでは、観客の方から「泣きもせず、手が震えることもなくカメラを回し続けるなんて薄情すぎる」と叱られたと村上監督は笑う。
「たしかに撮影しながら、父親がどんどん衰弱していくにも関わらず、不思議と悲しい感情はわきませんでした。それは、父の死を通して、生をまっとうする母を見ていたからかもしれません」
生と死の向き合い方
人間は生まれて死ぬ。死ぬ瞬間まで生きている。
看取りの過程を克明に映しとるべく、カメラを回した先にあったのは、老夫婦が社会と再接続していくプロセスでもあった。
「最期を迎えたい場所」の理想と現実
厚生労働省が実施した「人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査」(2022年)によると「最期を迎えたい場所」として最も多かった回答は「自宅」(43.8%)だった。しかし、実際には約8割が病院で亡くなる現状がある。
在宅看取りの日々を追ったドキュメンタリー映画「あなたのおみとり」。監督の村上さんは親の老いや病気、そして看取りをどのようにとらえていたのか。
親の看取りに向き合う監督の思い
「父は4年前に余命宣告もされており、いずれは…と覚悟に似た気持ちはありました。その一方で、在宅看取りのイメージはまったくありませんでした」
父親が胆管がんだとわかったのは2019年のこと。手術はしたものの、高齢(当時87歳)であることや、除去しきれない部位もあり、完治はしなかった。ただ当時はまだ、散歩や買い物にでかける元気もあった。しかし、22年頃から発熱や体調不良を起こし、そのたびに救急車を呼び、入退院を繰り返すようになる。
介護の負担と在宅看取りの選択
「父が他人を家に入れることをいやがったこともあって、母は当初、自分だけで介護する気になっていました。でも、自分で動けない父の介護は想像以上に大変。二人がかりで抱えても、体を起こすだけでひと苦労。こんな状態でどうやって着替えや排泄を手伝うのか、呆然としました」
やがて病院でこれ以上の治療も難しくなる。看取りにあたって、医師から示された選択肢は「自宅」「緩和ケア病棟」の2つだった。
父の願いと家族の決断
「慣れない介護で精神的にも、身体的にも参ってしまっていた母が『緩和病棟に入ってほしい』と父に告げると、父は激怒したそうです。日ごろ穏やかでおとなしく、声を張り上げることのなかった父が『邪魔者扱いする気か』と大声で怒鳴ったと母から電話で聞きました。『まだこんな元気が残っていたか』と驚くほどだったそうです」
父親の切実な願いを叶えるべく、母と息子はケアマネジャーと相談し、在宅看取りの体制を整える。訪問診療が週1回、訪問看護が週2回、訪問介護が週2~3回と入れ代わり立ち代わり、さまざまな専門職が支えてくれた。
在宅看取りを支える人々の重要性
「在宅看取りは、あの医療や介護の方々の支えがなければ、家族だけでは決して実現できなかったと思います。とくにヘルパーさんたちには本当にお世話になりました。日々のケアに助けられたのはもちろん、父親の尊厳を守り、生命としての実感を与え続けてくれる存在でもありました。両親も何度も映画の中で言っていますが、もっともっとその素晴らしさを知ってほしいし、待遇を良くしてほしいですね」
本作品を観た村上監督の母親は「看取りの形は人それぞれだけど、もし自宅での看取りに迷っている人がいたら、参考にしてほしい」と語っていたという。「あなたのおみとり」はすなわち、「私たちのおみとり」でもあるのだ。
カメラが生んだ思わぬ作品
余命わずかな父親の介護をめぐって母親と衝突し、おっくうな気持ちが日増しに募る。どうすれば積極的に親の介護に関われるのか——。苦肉の策で回し始めたカメラが思いがけない作品を生んだ。ドキュメンタリー映画「あなたのおみとり」は9月24日、東京・ポレポレ東中野で封切られ、全国に順次公開が広がり、話題となっている。
「カメラを通して人の死とじっくり向き合ってみようと思った。こんなことは身内にしかできない。いやがることなく撮影させてくれた両親に遠慮もなく、あらゆる瞬間を余さず映像におさめました」
親子間の衝突と発見
こう語るのは監督の村上浩康さん(58)。作中には、親子が言い争う場面も登場する。50代の息子に厳しく指摘されても、一歩も引かない80代の母親。頑とした態度は強くたくましく、ちょっとふてくされたような表情が愛らしくもある。なんて思えるのは赤の他人だからに違いない。
「僕から見ると、母親が一生懸命なのはわかるけど本当に“父のため”なのか? とたびたび疑問に思うわけです。真夜中に無理やり起こしてまでおむつ交換をしなくてもいいじゃないか、とか。でも母からすると『介護しているのは私だ。口を出すな』となる」
介護での本音と家族の役割
親子喧嘩を繰り返しながら「われながらイヤになるほど、母親に似ていることに気づかされた」と村上監督は苦笑する。親子だからこそ遠慮がなく、激しくぶつかるし、言わなくていいことまで踏み込んでしまうこともある。
「ただ、たとえ意見が対立したとしても、話し合うことは大事だと思うんですよ。本音を出し合わないと介護は進まない。あと、介護される人の思いは大切にしたい。知らず知らずのうちに介護する側のエゴを押し付けてしまうことがある。そこは家族同士で率直に意見を言い合い、お互いにチェックしあいたい。もちろん、直接介護する人の意向も大事にする必要がある」
予測できない現実と記録の重要性
いくら前もって先回りして考えようとしても、現実が想像を超えてくる側面もある。「すべては予測しきれない」と村上監督は語る。では、介護が始まったとき、泥沼にハマって追い詰められないためにはどう備えればいいのだろうか。
「記録することはぜひおすすめしたいですね。僕はたまたまカメラを回し始めましたが、日記でもいいし、スマホで写真を撮るのもいい。うちの母も、薬のことや訪問してくれた人、お見舞いに何をもらったかなどこまめにメモしていました」
記録がもたらす心の整理
たとえ、介護の日々に忙殺されたとしても、毎日何かしらの記録をつけることを習慣にすれば、自分を取り戻す時間を持てる。
「日々のできごとを記録し、整理する行為はそのまま、気持ちの整理にもつながります。1年前、1カ月前、1週間前にどうだったのかを振り返ることで少し冷静になり、現実も受け止めやすくなります」
主観と客観を行き来する装置としての記録。介護があってもなくても、今日から始めたい生活習慣のひとつだ。
在宅看取りを経て、父親が他界する。その一部始終を描き切ったドキュメンタリー映画「あなたのおみとり」。そこに描かれる老夫婦の日常は不思議な明るさに満ちている。監督の村上浩康さん(58)は父親の葬儀をこう振り返る。
父親の遺志を尊重した葬儀
「父は生前から『遺骨は海に撒(ま)いてほしい』と言っていました。だから母も、意向を汲んで海洋葬を選んだ。でも、まさかあんな風に見送ることになるとは想像していませんでした」
葬儀社からあらかじめ「喪服の着用はNG」と指定があり、カジュアルな服装で臨んだ海洋葬当日。細かく砕いた遺骨は袋詰めされ、遺族が次々と海に投げ込む。最後は船長のサービスで遊覧観光のおまけが付いてきた。
思わぬ形での別れ
「もっとしんみりしたものを思い描いていたので面くらいました。でも、おかげで母や親族、僕自身も吹っ切れたというか、サッパリとした気持ちでお別れできたような気もします」
老後をどう迎えたいのか。亡くなった後どうしてほしいのか。生前の父親に自分から尋ねることはできなかったと、村上監督は振り返る。
父親の希望と家族への思い
「ある時期から父親が自分で希望を伝えてくれました。それがのちのち、すごく助かった。無宗教で墓も持たなくていい。その意味で言うと、やはり残された家族の手を煩わせないというのが父のこだわりだったのかもしれません」
海洋葬は船を貸し切ると1回約35万円。何組か合同で借りることもできるが、村上監督は撮影のため、あえて貸し切りを奮発した。
海洋葬を選んだ理由
「母親は海洋葬が気に入ったらしく、『私のときもこれでいいわ』と言っていましたね。でも今度は安い乗り合いプランでいいからと笑っていた」
今年9月に映画が公開され、舞台あいさつを重ねる中で村上監督はあることに気づく。それは映画を観た人々が口々に自らの看取りにまつわる体験談を語ってくれるということだ。
映画が引き出した体験談
「それは、映画に登場するのがごくふつうの老夫婦の日常であり、特別ではない看取りだからかもしれません。振り返ればモヤモヤする気持ちもあるし、後悔もある。でも、どこか浄化されたような気分になると言っていただけることが多く、何らかお役に立てているとすれば非常にうれしい」
次回作は決まっていない。だが、最後の作品は決まった。「遺作は『わたしのおみとり』にします」と村上監督は笑う。
監督の遺作への思い
父親は身をもって、自分の最期を見せ続けてくれた。だが、カメラを回し始めたころには衰弱していたこともあり、どのような思いでいたのかを父親自身から聞くことはかなわなかった。
「誰もが皆、幸せに人生を肯定して亡くなっていくとは限らないと思います。僕自身も事故や災害で突然亡くなるかもしれない。でも、もしも自分の死期を知ることができたなら、向き合って作品にしたい。それが使命なのか、映像制作者としての業なのかはわからないけれど、最後のゴールを迎えるその瞬間まで撮影し続けたい」
死に向き合うことの意味
最期をどう迎えたいかを考える。それはすなわち、「生きる」に向き合うことに他ならない。
村上浩康(むらかみ・ひろやす)
映画監督。1966年9月11日、仙台市生まれ。2012年、「流 ながれ」で文部科学大臣賞。2019年、多摩川河口干潟を舞台にした連作「東京干潟」「蟹の惑星」で新藤兼人賞金賞、文化庁優秀記録映画賞など。
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ドキュメンタリー映画「あなたのおみとり」は東京・ポレポレ東中野、大阪・第七藝術劇場などで全国順次公開中。配給・リガード。