手術後の治療の選択
2014年に大腸がんステージ3bの腹腔鏡手術を受けた国際医療経済学者のアキよしかわさん。担当した小西毅医師はその後、米国の著名ながん専門病院「テキサス大学MDアンダーソンがんセンター」に移籍し、世界的な名医として知られるようになった。ただ、どんな名医が手術をしても、画像に映らない微小ながん細胞が血液やリンパ経由でどこかに潜んでいる場合がある。
このため、術後の治療が重要だが、それを米国で受けるか、日本で受けるか思案。周囲をアッと言わせる選択をした。
ハワイでの治療
「術後の治療はハワイで受けることにしました。ひょっとしたらこのまま動けなくなるかもしれない。ハワイだったら米国西海岸と日本のほぼ中間ですので、サンフランシスコの家族や日本の会社のスタッフとも会うことができそうだということで決めました」(アキさん)
ハワイのクイーンズメディカルセンターで、化学療法(抗がん剤)を受けた。温暖で風が心地よいハワイなら、病人の気持ちも上向きになるはずだが、化学療法の副作用で予期せぬ事態が…。
ケモブレインによる変化
「ケモブレインという症状で、気力が喪失し、欲望がまったくなくなりました」。米国と日本をまたにかけて活動し、“元気の塊”と言われたアキさんが無気力になるなんて、と周囲も驚いたという。
「大腸がんになり、幸い手術は成功しましたが、人生観が変わりました。経営する会社をどうするのか、家族をどうするのかを考えてバケットリスト(Bucket List)を作り、それを宣言しました」
バケットリストの内容
バケットはバケツのことで、「バケットリスト」とは死ぬ前にやりたいことのリストのことである。2人のがん患者をジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンが演じた『最高の人生の見つけ方』という映画を見た方もいるだろう。この映画の原題は「バケットリスト」だった。
アキさんのバケットリストの主な内容は——。
- 米国の家など処分がたいへんな財産をすべて現金化する
- 財産を家族に生前分与する
- 蔵書を処分する
- 会社の後継者をつくる
- 会社の自己保有株を社員に譲渡する
- 自分の失敗経験を子供たちに言い聞かせる
最も重要な項目が、アキさん自身の失敗談を、子供たちに伝え、子供たちが同じ失敗を繰り返さないようにすることであった。
子供たちへの伝え方
「優等生の娘のミナはしっかりと話を聞いてくれました。しかし息子のアレックスは私と同じような自信過剰のジコチューで人の話をまともに聞こうなんてしない。そこで彼の婚約者に話したのですが、後にその彼女と別れてしまったのでこの件は息子に伝わらずまったく無駄になってしまいました(笑)」
ちなみに、ミナさんはカリフォルニア大学緊急救命センターで医師として、アレックスさんはスタンフォード大学で博士課程を修了後、指導教官らとスタートアップを設立してシリコンバレーで活躍中という。
バケットリストの実現
化学療法は日本から2週に1回の割合でハワイに行き、帰りはサンフランシスコに寄り、大量の蔵書の処分や自宅の売却などを行い、また日本に戻った。そして半年間の化学療法が終わった。大腸がんステージ3bの5年生存率は50%(当時)。バケットリストを作り、その実現に邁進(まいしん)したアキさんは手応えを感じていたが…。
(写真:米ハワイのクイーンズメディカルセンター)
アキよしかわ
国際医療経済学者。1958年生まれ。65歳。米カリフォルニア大学バークレー校とスタンフォード大学で教鞭をとり、スタンフォード大学で医療政策学部を設立。米国政府はじめ、米国・欧州・アジア各地の病院のアドバイザーとして活躍。日本では「グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン」(東京・新宿)を立ち上げ会長に就任。主な著書に『日米がん格差』、共著に『医療崩壊の真実』。