がんとの闘いを通じて得た前向きな生き方
がんを発症しても絶望すべきではない。国際医療経済学者で医療コンサルティングの会社を経営するアキよしかわさん(65)は複数のがんを経験し、「医療情報にはだれよりも詳しいはずなのに…」とショックを受けた。それでも治療に向き合い、発症から節目の10年となる今年、元気を取り戻した。がんによって生き方が一変した超前向きながんとの闘い方を紹介する。
人間ドックで大腸がんが発見される
最初のがんは10年前にさかのぼる。
「腫瘍があります。検査はこれでストップします」 2014年秋、四谷メディカルキューブ(東京都千代田区)で人間ドックを受けた。大腸内視鏡検査の際、鎮静剤を投与され、うつらうつらしていたアキよしかわさんは、検査の途中で急に起こされ、検査を行っていた医師からそう告げられた。
アキさんは「グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン」を立ち上げ、会長のアキさんと社長の渡辺幸子さんの両輪で日本一の医療データを扱う会社へと成長させた。「これはたいへんなことになった」と会社に電話をすると、電話口の渡辺さんは泣き出してしまったという。
治療の選択、日本か米国か
「治療は米国に戻って受けるか、日本で受けるか」を決める必要があった。アキさんは米国と日本の両方に拠点を持っていた。しばし、思案した。「日本で医療データの分析をし、病院のコンサルティングを行っているのに、自分の治療のためだけに米国には戻れない」と日本での治療を決めた。
主治医は、消化器外科医で岩手県立中央病院院長(当時)の望月泉医師(現在は公益社団法人 全国自治体病院協議会の会長)からの勧めもあり、がん研有明病院(東京都江東区)の小西毅医師になった。小西医師は腹腔鏡手術で優れた実績のある若き外科医であった。同病院で詳しい検査を受け、診断は大腸がんだった。
進行した大腸がんと手術の決断
「覚悟はしていましたが、大腸がんと言われ、ショックでしたね」 大腸がんの中でも直腸がんという診断だった。大腸がんは、その発生部位によって、結腸がんと直腸がんとに分けられている。ちなみに米国では直腸がんの定義が日本とは異なる。
「米国の腫瘍の専門家に聞くと、自分のがんは直腸がんではなく結腸がんという診断でした。がんデータの分析者である自分にとって、この定義の違いはかなり興味深いものでした。直腸がんと結腸がんでは、標準治療のガイドラインも異なり、術後の治療は直腸がんでは放射線治療に、結腸がんなら化学療法(抗がん剤)と異なります」(アキさん)
病理診断ではステージ3bで、手術がぎりぎり適用される範囲だ。他の臓器等に転移があるステージ4だと、手術は難しくなる。手術はだれにも怖いものだが、手術適用なら、悪性腫瘍を切除することは最善の治療の一つとされている。
手術の成功と術後の再発リスク
アキさんは手術を選択。「直腸の手術だと人工肛門になってしまうのでしょうか?」と小西医師に質問をぶつけた。肛門から近い直腸がんの手術では、多くの場合、人工肛門が造設されると聞いていたからだ。「人工肛門になったら、もうセックスできないかもなあ…と漠然と不安でした」(アキさん)。
小西医師は微笑みながら「大丈夫。あなたの手術では人工肛門は必要ないですよ」と答えてくれた。 腹腔鏡による手術は無事成功。「肛門を温存できたことは本当にうれしかったです」とアキさん。しかし、がんはかなり進行しており、リンパ節転移があるステージ3bのがんでは再発や転移が怖い。そのリスクを低くするために、術後の治療が鍵を握る。これを日本で受けるか、米国で受けるのか。アキさんは次の選択を迫られた。
(写真:がん研有明病院に入院中のアキさん)
アキよしかわ
国際医療経済学者。1958年生まれ。65歳。米カリフォルニア大学バークレー校とスタンフォード大学で教鞭をとり、スタンフォード大学で医療政策学部を設立。米国政府はじめ、米国・欧州・アジア各地の病院のアドバイザーとして活躍。日本では「グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン」(東京・新宿)を立ち上げ会長に就任。主な著書に『日米がん格差』、共著に『医療崩壊の真実』。