介護サービスを嫌がる親をどう説得するか
公的介護保険制度がスタートして24年。要介護・要支援の認定者数は2021年の調査では当初の約2・7倍、690万人に達している。親の介護を子どもがする場合、険悪なムードになる話は枚挙にいとまがない。なんとかならないものか。看護師、ケアマネジャーで、保険外介護サービスの事業所を運営する神戸貴子さん(49)に聞いた。
神戸さんは、20代のころ親戚の介護と育児の両立で介護の大変さと介護保険制度の複雑さに悩まされた経験から保険外介護サービス「わたしの看護師さん」を創業した。現在、「遠距離介護支援協会」とともに2つの代表を務める。そして、自身の父親と親戚の遠距離介護も進行中である。
現代は昔のように長男(長女)夫婦が親の面倒を見るという考えかたは減っているが、それでも子どもが親の介護をするのが当然と考えている親世代は意外に多い。
「当然と考える世代は、女性では専業主婦が多かった80代以上の方々にみられる傾向があります。70代以下の方は、パート勤めなど仕事をしながら家庭のことをしていた方も多く、大変さを知っているため、子どもが親の世話をするのが当然とはあまり言わないですね。男性は70~80代以上の方に多く、地方や家庭によっても違いますね」
介護サービスの便利さを説いても、家族以外の人間によるサービスをかたくなに拒む親もいる。
「固まった価値観は簡単に崩すことはできません。親に、仕事や育児が忙しいとか、遠くに住んでいるからなど、子どもが置かれている状況を淡々と説明し、介護サービスの利用など代替案を提示します。また他人がうちの中に入るのが嫌というなら、見守りカメラの設置やロボットの利用という方法もあります。それでも親が拒否したら、あれこれ悩むより、親自身が不便だと感じるまで待ちましょう。不便だと思ったら子ども以外からの支援も受け入れやすくなります」
また、ヘルパーによる掃除や料理、買い物など家事代行やデイサービス等の介護サービスを利用するには介護認定調査を受けなければならないが、この調査を受けたがらない親とついケンカになるケースも。
「お得さ、便利さを前面に出すと良いですね。たとえば、家事代行サービス業者を頼むと数千円かかるところ、介護保険を利用すると割引がある。生活援助をヘルパーさんに頼むと1回200円くらいでお得だから介護認定調査を受けるといい、と説明するんです」
デイサービスに関しても、「フィットネスクラブの会費よりお得に運動できる。お風呂は転ぶのが心配だが、デイサービスならスタッフが助けてくれて、お風呂掃除もしなくてすむ。試しに行かない? と話してはいかがでしょうか」。
デイサービスは近年、多様化した高齢者のニーズにあわせ、特色ある施設が増え、利用時間も1日型と半日型がある。例えば、シニアフィットネスの要素を取り入れたリハビリ中心の施設では、デイサービスを嫌がっていた男性が、まずは半日の利用からスタートできた例もある。介護する家族としては、1日滞在するデイサービスを利用してほしいと思いがちだが、焦らずに、半日の利用に慣れたら1日にするという段階を追ってやることも必要だ。
看護師が行う保険外も選択肢
親が介護保険サービスを利用するようになり、ヘルパーによる掃除・買い物など生活援助やデイサービス、ショートステイを利用してほっと安堵。ところが、突然「ヘルパーがイヤ」「デイサービスに行きたくない」と言い出した。さて、どうするか。
「我慢せずに、ヘルパーの所属する介護事業所やデイサービス施設の変更を担当のケアマネジャーに依頼することをお勧めします。また、もし、担当のケアマネジャーと相性が悪く交代してほしいと思ったときは、本人には言い出しにくいでしょうから、ケアマネジャーの所属する事業所の所長に連絡か、地域包括支援センターに相談してください」
利用者とサービス提供側がお互い共感しあえることが大切で、求めているものと違うと感じたら変更することが双方にとって良い結果につながる。もし、どうしても親が介護認定調査を受けることを嫌がったり、介護保険サービスで満足できなかったりした場合、経済的余裕があるなら、介護保険外サービスの利用も選択肢となる。
では、介護保険サービスと介護保険外サービスを上手に使い分けるにはどうしたらいいのか。
「まずは自己負担額が1~3割で済む介護保険サービスを利用しましょう。これをベースにして、足りない部分を介護保険外サービスで補うのがいいと思います」
例えば、病院への付き添いの場合、介護保険サービスの利用ではヘルパーは診察室の中まで入ることができない。
「利用者を診察室の中まで連れて入り医師の説明を一緒に聞くことを望むなら、保険外サービスの利用となります」
神戸さんが手掛ける保険外サービス「わたしの看護師さん」では、利用者に付き添って診察室に入り一緒に医師の説明を聞き、その内容を利用者の家族に報告する。「私たちは“看護師”なので医師の(専門的な)説明も詳しくご家族に伝えられます」
介護保険外サービスは全額自己負担。看護師やヘルパーなど専門家が対応すると、だいたい1時間あたり5000~1万円ぐらいで、専門家が関わらない場合は1時間2000~6000円程度。「介護保険サービスは既製品、介護保険外サービスはオーダーメイドといったイメージですね」
海外に住む子どもから一人暮らしの親の様子を確認してほしいと依頼があり、スタッフが親のもとにタブレットを持ち込んで親子をネットでつないで会話の橋渡しをしたこともあるという。
■年々増加する遠距離介護 ご近所と連携を
親が一人暮らしのため、子どもが他地域から通って介護するケースも増えている。
厚生労働省の2022年の国民生活基礎調査によると、要介護者のいる単独世帯が増加(19年28.3%→22年30.7%)。今後も別居する子どもによる遠距離介護の増加が想定される。
一人暮らしの親と周囲の人との付き合いを、子どもとしてどう対応したらいいのか。
「交流が少ない地域でしたら、地域の民生委員さんと管轄の地域包括支援センターに相談しておくと気に留めて関わってくれますよ。また、交流が盛んな地域であれば、ご近所の方々にちょっとした手土産をもってごあいさつしておくといいと思います。何か異変が起きたときなど、連絡してほしいと電話番号を伝えておきましょう」
同居であれ、別居であれ、介護する側も疲弊しないように注意しなくてはいけない。
「完璧を求めないこと、自分を許すことですね。親の価値観、求めることに、いい返事をして全て答えようとしなくていいのです。兄弟姉妹がいたら、一人で抱え込まずに巻き込みましょう。介護で無理をしていると感じたら介護事業所に全面的に甘えましょう。自分のキャパシティを超えないように。そして介護にかかる費用は、自分が負担せずに、親の預貯金から出すことです」
親の介護が始まりそうだ、という場合、どんな準備が必要なのか。
「エンディングノートを購入し、親がどんな医療や介護サービスを受けたいとか、病気になったときに使える生命保険の契約内容や預貯金や株などの資産について記入しておきます。認知機能が低下すると資産の凍結や保険の解約ができなくなります。資産の情報や自分自身の終わり方、お墓についてひとまとめにしておくと、家族も気持ちよく介護に関われます」
■自分のキャパシティを超えないように
専門家として神戸さんが、これからの介護について思うことは。
「20年以上前に作られた介護保険制度の基本は、家族が支援できないところを介護保険サービスで担うというものですが、現代の家族の価値観に合わないこともあります。子どもが減ってきている現代では、キーパーソンが定まらないこともあります。もっと保険サービスやテクノロジーを使った介護をしていくことで、高齢者が感じる孤独感が薄れ、介護離職する子どもの数も激減することを期待しています。自分自身も高齢となっていくなかで、自立するという考えを持つことが大事だと思います」
神戸貴子(かんべ・たかこ)
1974年生まれ。「私の看護師さん」代表。遠距離介護支援協会代表。看護師。ケアマネジャー。自らの親戚の介護経験から保険外介護サービス「わたしの看護師さん」を創業。内閣府男女共同参画社会づくり女性のチャレンジ賞など受賞多数。
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神戸さんは今年6月、行動経済学者と高齢者ケアの研究者との共著『介護のことになると親子はなぜすれちがうのか』(Gakken刊)を出版した。長年介護に携わってきた経験と人間の心理や行動面から考察した、従来とは違った視点からの介護ストレスの軽減法などが書かれている。介護に向き合う人に、すぐ役立つ実用書でもある。