5つの課題に音声で回答するだけで認知症“検出”
認知症は物忘れが特徴的な症状だが、視線や声、文字の表現、歩行などにも変化が生じる。筑波大学附属病院認知症疾患医療センター部長の新井哲明教授は、こうした特徴を研究し、IBMリサーチとの共同でさまざまな診断支援ツールを開発している。そのひとつが「音声」。昨年5月、5つの課題に対して音声で回答するだけで、軽度認知障害(MCI)やアルツハイマー型認知症を約90%の精度で検出できるアプリの研究を報告した。
介護予防教室でも“使える”
「従来、高齢者の発話や方言を含む言い回しに対する音声認識は、精度が悪いとされてきました。音声認識の精度が悪い場合でも、認知症による発話の変化を捉えることで、正確に検出できるモバイルアプリを開発しました。在宅や介護予防教室などでも、安価で簡便に使えるツールになるのではないかと思っています」
レビー小体型は感情表現が低下
新井教授は、さらに今年5月、音声によるレビー小体型認知症の鑑別ツールも明らかにした。AI(人工知能)の深層学習を用いた感情認識モデルを使い、物語文を音読中の音声データを解析。すると、レビー小体型認知症の人は、表現力、ポジティブ・ネガティブの程度を表す感情価、落着きから興奮の程度を表す覚醒度が、健常者やアルツハイマー型認知症の人と比べ、有意に低下していることがわかった。
「レビー小体型認知症は、感情のコントロールに関わる脳の島皮質(とうひしつ)という部分が萎縮します。アルツハイマー型認知症では、記憶をつかさどる海馬(かいば)の萎縮が顕著ですが、レビー小体型認知症は、脳がダメージを受ける部位が異なるのです」
従来は山ほど検査が必要だったが…
一般的に行われている認知症診断は、神経心理検査のMMSE(ミニメンタルステート検査…23点以下が認知症疑い)、MRIやCTなどの画像検査に加え、PET(陽電子放射断層撮影)、脳脊髄液検査(腰から針を刺して脳脊髄液を採取)なども行われる。
さらに、アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症の鑑別には、脳のドパミンという神経伝達物質を受け取る受容体について調べるダットスキャンという検査や、脳の血流などを調べるシンチグラフィ検査が不可欠。つまり、山ほど検査をしないと、認知症とその原因となる病態の診断ができない。
クリニックでも使える簡単なツールを
「現状では、レビー小体型認知症の診断が国内で十分に行われているとはいえない状況です。音声や視線で鑑別が簡単にできるツールがあれば、クリニックでも把握しやすいでしょう。そういった体制を作る必要があると思っています」
レビー小体型認知症は、αシヌクレインというタンパク質の固まりであるレビー小体が、神経細胞内にできることで引き起こされる。一方、アルツハイマー病は、神経細胞の外側にアミロイドβ、細胞内にタウという2種類のタンパク質がたまることで、神経細胞が死滅していく。
どちらも原因は別だが、「物忘れ」といった症状は似ている。その鑑別を大がかりな検査をしなくても、クリニックや健康診断でも判別を可能にし、早期発見・早期治療につなげようと、新井教授は尽力している。
「加齢に伴い認知症は誰にでも起こりえます。認知症になっても適切な治療を早期に受け、自分らしく生きることができる社会の実現が理想です」