わずかな血液などを採取して郵送するだけ
健康に不安を覚えながら、すぐに医療機関で検査が受けられない—。そんなとき自宅で、がんや生活習慣病のリスクがわかる検査キットが注目を集めている。わずかな血液や唾液などを自宅で採取して郵送し、分析、早ければ数日で結果がわかる仕組みだが、気になるのは、その信頼性だ。セルフチェックをはじめとする予防医療に積極的に取り組み、医療機関との架け橋にもなっている調剤薬局「グリーンメディック」代表取締役の多田耕三氏に聞いた。
年間35万5000人以上の命を奪うがんは今も強敵だ。加齢に伴い、がんリスクはアップする。シニア層が最も恐れる病気といえる。しかし近年、早期発見・早期治療で助かるケースは増えた。その一助となるのが「がん検診」だが、男性の肺がん検診以外の受診率は軒並み半数以下。女性の胃がん検診率は40%にも届かないのが実情である。
「がんに限らず、生活習慣病も早期発見・早期治療が大切です。しかし、日本は国民皆保険で医療費が諸外国より低いため、症状が出てから医療機関を受診する人がほとんど。医療費が高い諸外国は予防に対する関心が高く、検査にも積極的です」
こう話す多田氏は、自身の薬局で定期的なイベントを開催し、予防検査の実施や体調に合わせたサプリメントの提案なども行っている。
医療機関と同じレベルの検査ができる
「会社員には定期健康診断が義務づけられていますが、専業主婦や自営業の人は自分で検査を受けに行かなければなりません。また、がん検診は会社員も任意なので、受診率が低くなりがちです。しかし、検査キットを用いれば、わざわざ検査を受けに行かなくても自宅で医療機関と同じレベルの検査ができます。それがまだ浸透していないと感じます」
国が定めているがん検診は、胃がん(50歳以上、2年に1回)、肺がん(40歳以上、年1回)、大腸がん(40歳以上、年1回)。さらに女性には乳がん検診(40歳以上、2年に1回)や子宮頸がん検診(20歳以上、2年に1回)がある。
一方、自宅で行うがん検査キットは、商品にもよるが、膵がんや胆のうがん、肝がん、食道がん、男性の場合は前立腺がんなど、調べられるがんの種類が豊富。しかも、医療機関で行う検査並みの精度が期待できるという。
十数種類のがん対象 数日から1週間で結果
市販の検査キットで主流は微量血液検査。通販サイトなどで注文し、送られてきた専用の検査キットで指先から米粒大のわずかな血液を採取して郵送する。十数種類のがんが対象で、数日から1週間ほどで専用サイトやアプリでリスク度を確認できる。短時間で微量の血液採取なので身体への負担も少ない。
検査価格は商品によって異なるが、がんの種類や調べる方法によって数千円から数万円。人間ドックは日帰りでも3万~7万円なので、自宅でいつでも行える微量血液検査は手軽で割安だ。では、肝心の検査内容はどうか。
「たとえば、がんが作り出すタンパク質などの腫瘍マーカーを調べる場合は、微量血液検査も人間ドック並みの精度といえます。早期がんであっても、腫瘍マーカー検査で反応します。異常値が出たときには、かかりつけ医や医療機関にすぐ相談するべきです」
一般的な医療機関の健康診断でも、検査日の前に採尿キットや便潜血検査キットが渡され、自宅で採取して検査当日に持参するのが当たり前になっている。自宅検査キットの中にも、微量血液検査と微量の尿検査を組み合わせ、「病院と同等の検査水準」と称する商品もある。将来的には、定期健康診断の血液検査も、自宅で微量採血して持参することになるかもしれない。
尿糖や尿タンパクの検査で糖尿病の早期発見も
微量血液検査以外にも、尿糖や尿蛋白の検査を自宅で行える検査キットが、薬局や通販サイトで販売されている。
尿糖と尿蛋白が同時に検査できる試験紙は10枚入りで1000円程度。試験紙に尿をかけ、色の変化を色調表と比べて検査ができる。
「尿糖が陽性の場合、糖尿病が進行している可能性があります。私の薬局でも、『疲れやすい』という会社員が相談に来られたので、尿糖の検査をしたら陽性。すぐに医療機関をご紹介しました。糖尿病のように早期段階で症状に気づきにくい病気は、セルフチェックで早期発見・早期治療につながります」
糖尿病は、定期健康診断の血液検査の項目にも入っている。「HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)」が6・5%以上になると糖尿病が強く疑われる。だが、自覚症状は皆無なので健診結果で医療機関の受診を勧められても放置してしまう人がいる。そのまま診断・治療を受けないでいると、糖尿病は静かに悪化していく。そのひとつの証が尿糖だ。
「尿蛋白も陽性ならば、腎機能の低下も疑われます。自覚症状がなくても、尿検査キットで異常はわかるのです」
腎機能が低下しても無自覚なことが多く、慢性腎臓病が進行していることに気づかないケースは珍しくない。
慢性腎臓病が進行して腎不全になると、人工透析(透析療法)が必要になる。人工透析の原因第1位は糖尿病性腎症。糖尿病によって腎機能が低下した結果、生じる合併症だ。
尿検査キットで尿糖・尿蛋白の両方が陽性の場合は、糖尿病と腎機能低下の可能性がある。
腎機能に加えて、糖尿病や肝機能、脂質異常症などもわかる微量採血検査キットも登場した。指先から血液を専用器具で採取し、郵送すると最短1~2日で検査結果が専用のウェブサイトで確認できる。
異常値が出たらすぐに医療機関受診を
「自宅で行う検査キットは、微量血液検査、尿、便、唾液と、さまざまな方法が開発されています。かつては1つの病気リスクしかわかりませんでしたが、今は同時に複数のリスクがわかるようになりました。ご自身の健康管理のひとつとして、役立てていただければいいと思います」
微量血液でアレルギーIgE抗体検査が行えるキットもある。
生命保険会社のサイトでも、検査キットを割引価格で提供するなど、セルフチェックへの関心とニーズは高まっている。自分にとって何の検査が必要か、製品の中身を検討したうえで活用してみよう。
そして、各種検査キットで、がんや糖尿病などのリスクが疑われたら、すぐに医療機関を受診しなくてはいけない。その際、自宅での検査結果をどのように受診につなげればいいだろうか。
「医療機関の保険診療は、その病気が疑わしい、あるいは、その病気にかかっていることが明らかな場合が適用になります。たとえば、微量血液検査キットの腫瘍マーカーは医療機関と同じ検査内容なので、これが陽性なら基本的に『がんが疑わしい』ことになります」
かかりつけ薬局やかかりつけ医経由で専門医に
医療機関を受診して、検査キットの腫瘍マーカーの異常値があることを告げると、医師は「がんの疑いがある」と判断するのが一般的だという。ただし、腫瘍マーカーの異常値だけでは、がんの種類や位置、大きさなどはわからない。医療機関で改めて血液検査やCT、MRIといった画像検査が必要になる。
「検査キットで異常値が出た場合、かかりつけ薬局やかかりつけ医がいると相談しやすいと思います。薬局なら、疑いのある病気に合わせた医療機関への橋渡しができます。また、かかりつけ医も必要に応じて専門の医療機関に紹介状を書いてくれるでしょう。自宅で検査キットを活用する場合、かかりつけ薬局やかかりつけ医は重要な役割を担うのです」
もちろん、セルフチェックで何の異常も出ないこともある。実はそれこそが検査キット本来の役割だ。自分の健康状態を定期的に確認し、予防意識を高めるツールとして、検査キットを上手に活用してほしい。
多田耕三(ただ・こうぞう)
調剤薬局「グリーンメディック」代表取締役。1966年、大阪生まれ。東京薬科大学卒。同薬局を大阪府豊中市、吹田市、兵庫県芦屋市に展開する。豊中市薬剤師会副会長。MR(製薬会社の医療情報担当者)や調剤薬局勤務を経て95年に開局。通常の処方箋調剤のほか、カウンセリングによる自家製剤の調剤や零売、予防医療のための検査・診断、地域と医療機関を結ぶ活動を積極的に行っている。