認知症 治療・最新治療 AIツールで変わる認知症治療

AIツールで変わる認知症治療(1)~医師の経験を学習した診断支援ツール開発

AIツールで変わる認知症治療(1)~医師の経験を学習した診断支援ツール開発
病気・治療
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認知症の早期発見・治療のカギ握る「診断法」開発

65歳以上の約7人に1人が発症すると国内で推計される認知症は、新薬など新たな治療法の開発で、早期発見・早期治療によって進行を食い止めることが可能になってきた。そのカギを握るのが、簡便で安価な診断法の開発だ。IBMリサーチと共同でAI(人工知能)を用いた診断・鑑別支援ツールを開発している筑波大学附属病院認知症疾患医療センター部長の新井哲明教授に詳しく話を聞いた。

軽度認知障害を「簡便に診断」が重要

認知症といっても原因となる病気はいろいろある。そして、認知症の予備軍といわれる軽度認知障害(MCI)は、放置すると年間10~15%が認知症へ移行するとされる。しかし、現状では依然として、物忘れがひどくなっても認知症疾患医療センターや精神神経科の受診は敷居が高く、放置している間に症状が進行してしまうことは珍しい話ではない。

「認知症の人も、初期段階では物忘れを自覚していることが多い。この段階でかかりつけ医や近くのクリニックで検査を受け、認知症の疑いが強ければ専門病院へ紹介してもらうのがベストでしょう。この流れを浸透させるには、簡便な診断支援ツールが不可欠です」と新井教授は指摘する。

専門医でなくても診断できるツールがあれば…

認知症の診断は、問診や簡単な実技による認知機能検査、CT/MRIによる画像検査、脳の糖代謝を調べるPET(ポジトロン断層法)検査など、手間ひまがかかる。医師の専門知識も不可欠だ。

国の施策によって、内科など他領域の医師に対する研修も実施され、認知症の早期診断・早期対応の後押しはされている。だが、クリニックの医師も忙しい。どの医師でも、認知症の疑いを簡単に判別するツールが望まれている。それを新井教授は開発しているのだ。

専門医の経験をAIに学習させる

「私たち専門医は、数多くの認知症患者さんを診た経験で、原因となる病気によって症状や患者さんの表情の違いを知っています。軽度認知障害の患者さんと認知症の患者さんの違いもわかります。その経験をAIに学習させることで、診断しやすいツールの開発に成功しました」

歩き方・書き方・発声・視線を鑑別

軽度認知障害や認知症の人は、歩き方、絵や文字の書き方、発声、視線などが、健常者と異なることを新井教授らは発見した。その研究を基に生み出したのが、視線パターンや音声感情表現などによるAIを用いた鑑別診断支援ツール。今年5月にも新たなツールの開発を発表し、早期発見・早期治療の後押しをしている。

「昨年承認された新薬のレカネマブは、アルツハイマー病の軽度認知障害や軽度の認知症の進行抑制の効果があります。早期発見・早期治療は、新薬に加え、生活習慣の改善や運動療法なども進行抑制につながります。認知症でも、早期発見・早期治療の重要性を多くの方に知っていただきたいと思います」と新井教授は話している。

認知症の主な原因

  • アルツハイマー型認知症…脳にアミロイドβやリン酸化タウというタンパク質がたまる
  • 血管性認知症…脳梗塞などの脳血管障害で神経細胞に栄養や酸素が行き渡らなくなる
  • レビー小体認知症…脳にαシヌクレインというタンパク質がたまる
  • 前頭側頭型認知症…脳にTDP-43などのタンパク質がたまる

※「知っておきたい認知症の基本」(政府広報オンライン)から

解説
筑波大学医学医療系教授
新井 哲明
筑波大学医学医療系教授、筑波大学附属病院精神神経科長、認知症疾患医療センター部長。医学博士。1990年、筑波大学医学専門学群卒。東京都精神医学総合研究所主任研究員などを経て2016年から現職。厚労省科学研究「認知症医療の進展に伴う社会的課題の検討のための研究」研究代表者。
執筆者
医療ジャーナリスト
安達 純子
医療ジャーナリスト。医学ジャーナリスト協会会員。東京都生まれ。大手企業からフリーランスの記者に転身。人体の仕組みや病気は未だに解明されていないことが多く、医療や最先端研究などについて長年、取材・執筆活動を行っている。科学的根拠に基づく研究成果の取材をもとに、エイジングケアや健康寿命延伸に関する記事も数多く手掛けている。