コロナ・感染症 死の危険「ダニ媒介脳炎」

死の危険「ダニ媒介脳炎」(4)~現状唯一の予防策は「ワクチン接種」

死の危険「ダニ媒介脳炎」(4)~現状唯一の予防策は「ワクチン接種」
病気・治療
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蚊を媒介して感染する日本脳炎によく似た、ダニを介して感染する「ダニ媒介脳炎」。どちらも命にかかわる重大疾患だ。札幌市豊平区にある「おひげせんせいのこどもクリニック」理事長でダニ媒介脳炎に詳しい米川元晴医師に、対策を解説してもらおう。

「ダニ媒介脳炎も日本脳炎も、現状では有効な治療法がないだけに、予防が何より重要になります」

これまでダニ媒介脳炎の感染発症者は北海道内でのみ見つかっているが、道外も安心はできない—と注意を呼び掛ける。

「日本脳炎を媒介するコダカアカイエカは、北海道にはいないとされてきたので、道内では日本脳炎は発生しないと考えられてきました。そのため、北海道で日本脳炎によく似た症例が出ると、ダニ媒介脳炎を疑いやすくなるため、これまでの症例のすべてが北海道ということになっている。ダニ媒介脳炎に詳しい医師が道外に非常に少ないことも、大きな要因の一つと言えるでしょう」

そもそも国内にダニ媒介脳炎についての知識を持つ医師が極めて少ないため、実際にはこの病気に感染していても、「原因不明」として処理されているケースが相当数存在するのではないか、と米川医師は推測する。

しかも、ダニ媒介脳炎の温床となるマダニは、北海道にのみ生息しているわけではない。全世界に広く分布しているのだ。

「暑さ寒さに強く、どこでも生きていける強い生命力を持っています。ダニ媒介脳炎の感染報告が特に多いのはヨーロッパのアルプス近くやロシアの極東エリアですが、日本は北海道に限らずどこで感染しても不思議ではありません」

なのに日本には、この病気に詳しい医師が圧倒的に少ない。これは脅威と言えるだろう。

現状で唯一の有効な予防策は「ワクチン接種」だ。今年ダニ媒介脳炎ウイルスのワクチンが厚労省の承認を受け、間もなく国内での販売が開始されるメドが立った。

「『タイコバック』というワクチンです。日本では今年承認されましたが、海外では1970年代から使われてきた実績がある。従来、このワクチン接種を希望する人は海外から輸入されたワクチンを接種するしかなかった。仕事の都合でロシアなどダニ媒介脳炎の多発地域に行く人が、会社からの要請で接種するケースが大半でした」

そのためワクチンを打てるのも「渡航外来」などの専門外来を開設する一部の医療機関に限定されてきたが、国の承認を受けたことで、今後は窓口も拡大することが期待される。

「ワクチン接種はまず1カ月の間隔をあけて2回打ち、1年後にもう一度打つ。その後は5年に一度の間隔で打っていくが、60歳を超えると、3年に一度に間隔が縮まります」

ワクチン接種にかかる費用についても、日本脳炎のワクチンに補助金が出ていることを考えると、今後何らかの助成がされる可能性はある。

「製品化されて半世紀が過ぎたワクチンですが、いまのところこのワクチンに耐性を持つマダニは見つかっていません。つまりマダニにとって人間は大したターゲットではないのでしょう」

そんな軽い扱いをするマダニに命を奪われたり、重い後遺症に苦しむのは、ばかばかしい。ここは真剣に予防に努めるべきだろう。

(写真)ダニ媒介脳炎に対する国内初の承認ワクチン。写真の「16歳以上用」と「小児用」がある

解説
おひげせんせいのこどもクリニック理事長
米川 元晴
おひげせんせいのこどもクリニック理事長。1999年、北海道大学医学部卒業。同大医学部小児科関連病院勤務ののち、多摩ガーデンクリニック、南大沢メディカルプラザ小児科院長。2010年から現職。日本小児科医会学術教育委員副委員長。北海道小児科医会副会長。札幌市小児科医会副会長。日本小児科学会専門医。日本渡航医学会認定医療職ほか。
執筆者
医療ジャーナリスト
竹中 秀二
学生時代から食品業界の専門紙でアルバイト原稿を執筆。大学卒業後は出版社に勤務し、児童向け書籍や学術誌の編集を担当。その後フリーとなり、新聞、雑誌で医療健康関連の取材を重ねる一方、医療や芸能関連書籍の企画・編集・取材・執筆を行う。