今年、あるワクチンが日本で承認された。名前は「タイコバック」。じつはこのワクチン、製品化されたのは1970年代で、海外では当たり前のように使われてきたもの。
このワクチンがなぜいま日本で承認され、臨床導入されようとしているのか—。その背景には「マダニ」が存在する。
マダニを媒介として感染、発症する病気が広がりを見せているのだ。中でも「ダニ媒介脳炎」という病気は死亡率が高いうえに、命は救えても深刻な後遺症が出る重大疾患である。
そこで今週は、夏から秋にかけて活動が盛んになる「マダニ」の感染症について、札幌市の「おひげせんせいのこどもクリニック」理事長でワクチン医療に詳しい米川元晴医師に解説してもらおう。
マダニが媒介して感染する病気には、リケッチア感染症やライム病、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)など種類が多い。そんな中でいま注目されているのが「ダニ媒介脳炎」だ。これは大昔からある病気で、特にヨーロッパ・アルプス周辺や、ロシアの極東エリアを中心に年間約1万人が感染して命を落としているという。
日本では1993年に第1例が見つかり、その後しばらく症例報告がなかったが、2016年からパラパラと報告されるようになった。これまで見つかった患者数は今年の2人を含む計7人で、すべて北海道内の症例だ。
たった7人の感染報告、しかも北海道ローカルの病気のためにワクチン承認とは大げさな—と考えるかもしれないが、じつはそうではない。北海道以外の人も十分な注意を要するのだ。
なぜかというと、ここで「日本脳炎」という病気が浮上する。
こちらはメジャーな疾患だ。蚊(コダカアカイエカ)が媒介して起きる感染症で、ブタの血を吸った蚊が人を刺すことで感染する。感染しても発症する割合は低いが、不幸にも発症してしまうと死亡率は2~4割に達し、深刻な後遺症が出ることも知られている。
「日本脳炎はいまも毎年国内で数人が感染発症しているんです。日本では定期接種が推奨されているので大半の人が子供の頃に打っていますが、未接種の人や、たとえ接種していても免疫が下がっている人などが感染すると発症することがあります。そうなると治療の手立てはありません。ワクチンが無い時代は毎年約5000人が死んでいました」(米川医師)
そして、注目のダニ媒介脳炎は、遺伝子学的に見たときにこの日本脳炎ウイルスと同じグループに属するという。しかも、日本ではダニ媒介脳炎の知識を持つ医師はきわめて少ない。そのため患者を診てもダニ媒介脳炎を疑うことなく、日本脳炎と診断するか、「原因不明」として処理されているケースが少なくないと予想される。事態は深刻なのだ。