心停止は1分経つごとに救命率10%低下
AED(自動体外式除細動器)を一般の人が使用できるようになって20年。それまでは医療従事者しか使えない医療機器だった。
それが、「心停止の現場でAEDが使用できなければ病院に救急搬送されても手の施しようがない」という、まっとうな医療者たちの訴えで解禁になった経緯がある。
救命救急医によると、心停止になると1分経つごとに助かる割合が約10%ずつ低下していくので、現場では1分1秒を争うのだ。何もせずに救急車を待っていると、助からなくなってしまう。
救急車の到着は遅くなっている
AEDの普及に尽力してきた千葉市立海浜病院救急科統括部長の本間洋輔医師が語る。
「救急車の現場到着所要時間は20年前には全国平均で約6.2分でしたが、2022年には約10.3分と遅くなっています。だからこそ、バイスタンダー(その場に居合わせた人)の迅速な救命処置の重要性が高まっているのです」
胸骨圧迫(心臓マッサージ)は救命の要
そして、AEDとともに救命の要となるのが、胸骨圧迫(心臓マッサージ)だ。AEDの電気ショックの適応があってもなくても重要になる。
実際、私が突然、山手線内で心肺停止に陥ったとき、周囲の方の協力で、AEDを4回作動させたが心拍は戻らなかった。居合わせた方と駆け付けた駅員の方々が交代で胸骨圧迫を続け、手動ポンプで心臓を動かして、救急隊に命のバトンをつないでくれた。
1分間に100回から120回のペース
胸骨圧迫は1分間に100回から120回のペースで行い、胸骨圧迫のロスタイムが10秒を超えるとその効果が薄れてしまうという。
その上、胸骨を5センチほど沈ませないとポンプとして機能しないため、相当な力が必要になる。救命講習などで体験すると、そのハードさに驚く。時には肋骨(ろっこつ)が折れることもある。だが、骨は折れてもくっつくが、心臓は止まってしまったら取り返しがつかないのだ。
女性が倒れたときは
女性が倒れた場合、別の心配の声も聞く。
「救命処置のためでも、服を脱がせたことを後で訴えられないか?」という男性の声だ。私が倒れた際は、緊迫した状況でありながら、駅員の配慮でブルーシートに覆われ、目隠しの壁がつくられたことを後で聞いた。
また、女性の駅員を救命対応に動員する場合もあるという。上着は真ん中からはさみで裁断されていたが、適切な処置に感謝しかない。そもそも私は意識不明で記憶がないのだが…。
電気ショックの時間を遅らせないことがなにより重要
本間医師が解説する。
「AEDパッドは素肌に直接貼り付けることができていれば、必ずしも下着を脱がせる必要はありませんし、パッドを貼った上から布をかけて隠してもかまいません。ジェンダーへの配慮はもちろん大切ですが、AEDは緊急性が高いのでロスタイムが命取りになります。重要なことは、電気ショックの時間を遅らせないことです。そのことを忘れずに、可能な範囲で配慮をしてあげてください」
目の前で人が倒れたら異性であっても躊躇せずに
救命で女性の衣服を脱がせたことを懸念する書き込みがSNSで拡散されたこともあるが、AED財団の調べでは、これまでに訴訟に発展した事案はない。当然ながら、救命目的の異性へのAED使用が、強制わいせつ行為とみなされることはない——という弁護士の見解もある。
もし、目の前で人が倒れていたら、異性であっても躊躇(ちゅうちょ)せず、1分でも早く救命活動に動いてほしい。必要なのは勇気ではなく知識だ。
【グラフ】出典:総務省消防庁「令和5年版救急・救助の現状」より公益財団法人日本AED財団のHPから