アントニオ猪木さんを苦しめた病気
プロレスラーのアントニオ猪木さんを晩年苦しめたことで、知られるようになった病名がある。心臓に繊維状の異常なタンパク質、アミロイドが沈着し、心肥大や心不全、房室ブロックなどの刺激伝導系障害や心房細動などの致死的な不整脈をきたす「心アミロイドーシス」だ。
男女比10対1、70代以上で手根管症候群を両手に発症
男女比は10対1。そのため、この病気にかかっている可能性が高い人の像は、70代以上の男性で、手根管(しゅこんかん)症候群を両手に発症している人である。
心臓の病気になる5~10年前に手根管症候群を発症することが多いため、早期診断の手がかりになる。
心臓と腱・靭帯にたまり発症
現在約30種類が判明しているアミロイドのうち、心臓にたまるのは3種類。そのうち加齢によって増える「野生型トランスサイレチン(ATTRwt)アミロイドーシス」は60代からアミロイドが溜まり、診断時の平均年齢は75歳。心臓に溜まって症状が現れる数年~10数年くらい前から、手根管、さらには脊柱管、上腕二頭筋に溜まる人もいる。
「このアミロイドが全身のいろいろなところにちょっとずつ溜まるのですが、悪さをするほどたくさんたまる臓器が、心臓と腱・靭帯です」と、慶應義塾大学医学部循環器内科の遠藤仁講師。
脊柱管狭窄症を患っている例も
「心臓以外の症状で最も多いのが、手根管症候群です。しかしよくよく聞いてみると、脊柱管狭窄症で腰痛や坐骨神経痛を長く患っている方もいます」
手根管症候群と脊柱管狭窄症は、手首や腰にしびれや痛みが出る。「とくに手根管症候群は、心臓にアミロイドを持っている人の4割近くに合併すると言われています」
猪木さんは命を落としてしまったが、最近ではプロ野球楽天の初代監督、田尾安志さんがこの病気と闘っている。双子そろって百歳を超えた、きんさんぎんさんも病理解剖で心臓にアミロイドが溜まっていたことがわかっている。アミロイドは60歳以上なら誰でも溜まるが、心機能が阻害されるほど溜まることが問題だ。
3万~10万人の患者が存在
「昔は採取した心筋を顕微鏡で見るしかなかったのですが、今はピロリン酸シンチグラフィという画像検査ができるようになり、体に傷をつけずに調べることができます。そこでわかってきたのは、実はものすごい数の患者さんがいらっしゃることです。心不全の患者さんは日本に約120万人、その半数の60万人が拡張機能障害(心筋が硬くなり十分な血液を取り込めなくなる)です。研究報告にもよりますが、うち5~15%がこの画像検査で陽性になりますので、少なく見積もっても3万人、多ければ10万人近くの患者さんがいることになります」
保険適用の薬も
現在、心アミロイドーシスの患者は約3000人。診断がついて治療を開始している人は、予想される患者数の1割に満たないことになる。しかし、手根管症候群患者の全員が心疾患になるわけではなく、5~10年前に手根管症候群の手術をした人の心臓を調べた研究報告によると、約5%にアミロイド沈着が見つかっている。遠藤医師は、「心肥大・心不全といわれているが正確な病名のついていない患者さんは、一度主治医に再検査を相談すると安心です」と話す。
心アミロイドーシス(ATTRwt型)の治療は、心臓の治療を行いつつアミロイド線維を形成しにくくする内服薬で進行を抑える。トランスサイレチン安定化薬「タファミジス」が近年、保険で使用可能となっている。