近年、糖尿病治療薬は血糖値コントロールを行いやすく、なおかつ、体重も減りやすい薬が登場している。一部の薬は、適用外のダイエット目的で使用されて問題になるほど威力が強い。そんな新しい機序(メカニズム)の治療薬について、千葉大学医学部附属病院糖尿病・代謝・内分泌内科科長の小野啓准教授に話を聞いた。
GLP-1受容体作動薬
糖尿病の治療は高血糖を改善することが重要だが、薬によって血糖値が下がりすぎると低血糖になり、神経系に異常を引き起こし痙攣(けいれん)や昏睡状態などで命に関わることがある。低血糖にならないようにしながら、薬を上手く活用することが、かつては大きな課題となっていた。その状況を一変させたのが「GLP-1受容体作動薬」の登場だ。2010年に週1回投与の糖尿病治療薬として発売され、現在では、皮下注射薬6種類、経口薬1種類が承認されている。
「GLP—1受容体作動薬は、高血糖のときに膵臓(すいぞう)に働きかけてインスリンの分泌量を増やし、脳に働きかけて食欲を抑える作用があります。単独使用では低血糖も起こしにくく、まさに大発明の薬といえます」
もともと糖尿病治療薬には、インスリン量を増やす薬はあるが、「食欲を抑えて体重を落とす」薬は皆無だった。必要に応じてインスリンの分泌を促し、食欲も抑えるのは、GLP-1受容体作動薬ならではの機能だ。肥満症治療薬としても承認され今年2月には、GLP-1受容体作動薬のひとつ「セマグルチド(一般名)」が発売された。
「高度肥満症では効果的な薬が乏しく、治療を諦めていた患者さんも以前はいました。『セマグルチド』の登場で治療が行いやすくなりました。体重減少を実感でき、食生活の見直しへの意欲も向上しやすいと思います」
昨年、糖尿病治療でさらに効果的な「持続性GIP/GLP-1受容体作動薬」も新たに登場した。かつての治療と劇的に変わりつつある。
SGLT2阻害薬
高血糖をコントロールするには、余分なブドウ糖を体外に出すのもひとつの方法だ。尿中にブドウ糖を排泄する「SGLT2阻害薬」は2014年に登場した。
「SGLT2阻害薬は、2020年に慢性心不全、21年に慢性腎臓病の治療薬としても承認されました。糖尿病の患者さんは、慢性心不全や慢性腎臓病を合併することがありますが、SGLT2阻害薬を服用したことで、いずれの症状の改善も明らかになりました」
慢性心不全は、心臓の機能低下が継続している状態。慢性腎臓病も腎機能低下が続く。どちらも機能回復が難しいだけに、新たな治療薬・SGLT2阻害薬の登場は、医療現場に光をもたらしたともいえる。一方、GLP-1阻害薬によって、低血糖に注意が必要な状態の人も治療を受けやすくなった。SGLT2阻害薬との併用で、食生活の見直しにも取り組みやすい状況に、さらになっているという。
「私たちのマウスの研究では、高齢になるとインスリンの効きがよくなっていました。年を重ねると不健康になるといわれがちですが、糖尿病に関しては高齢になると改善する可能性があるのです。中年期に薬を上手く活用して健康を維持して、高齢期を迎えていただきたいと思います」