従来の日本企業はメンタル不調に対応しづらい
日々、会社で働いている人は大変なことだらけです。たとえ心を病んでも、生活のため、家族のためと辞めたくても辞められない悩みをあなたのパートナーは一人抱え込んでいるかもしれません。ヘルスプラント代表で、産業医経験が豊富な富田健太郎氏は、いきいきと働ける理想の職業人と職場の条件をこう語ります。
「セルフケアとラインケアの2つを押さえることが基本です。セルフケアは文字通り、自分のストレスに早めに気付き、自分で対処すること。対処できない場合は医療機関やカウンセリング、産業医に気軽に相談してください。ラインケアは、所属長による部下のストレスへの気づきとその対応になります」
ただし、このラインケアには問題が多くあります。「上司は適切な評価を部下に伝えられていない。部下は上司の指導を真摯(しんし)に受け止められない」といったケースがしばしば起きるのです。最近では、指導のつもりが「パワハラ」と訴えられかねません。
それを怖れて、上司と部下が腫れ物に触るような関係性になれば、正当な業務評価がされず組織全体は良くない方向に向かっていきます」。
「特に(従来の日本式経営の)メンバーシップ型企業はこの状況に陥りやすく、問題が複雑化することがよくあります」
たとえば、体調不安を抱えた社員に、主治医が午前9時から午後5時の仕事は無理なので〈10時出社なら復帰可能〉と診断書を書いた場合。
「復職してまた体調を崩すケースがあります。復職するなら9時~5時と基準を明確にし、産業医も主治医にその基準を守れる状態かを確認しなくてはいけません。そうすることで本人も意識高く復職できます」
あいまいな基準は、かえっていけないのです。
「そうした明確な基準を設けたうえで初めて、仕事ができているか、できていないかを会社は評価できるのです。治りきっていない状態での過剰な配慮や上司の特別扱いが、結果的に職場復帰の妨げになることもあります。職場には他の社員もいますから、不平不満が生じると、組織運営としても良くない事態を招きます」
産業医に気軽に相談、そして「逃げてもいい」
さらに富田氏は、管理職に対して、部下への適切な傾聴や指導法の研修も実施しています。年1回実施するだけでかなり改善し、上司も早めに産業医に相談できるようになるそうです。働きが正当に評価されると、部署全体のパフォーマンスも高まります。
ただ、会社は実際に入社してみないと、どんなストレスが待ち受けているかわかりません。良い会社に入れたと安心していても、その後の部署異動で環境が一変することもあります。
「日本の場合、一度入った会社は定年までという考え方が主流でした。ですが、私は逃げてもいいというか、病んだら会社にしがみつかなくてもいいと思っています」
「面談がきっかけで『自分を取り戻しました』『次の仕事が決まりました』という連絡をいただくこともあります。私自身も会社を退職して開業する際はかなり不安でした。退職や転職は覚悟のいることです。だからこそ、社員としてつらい中でも自身の健康を保ち、能力を発揮できるように、ぜひ産業医の存在を知っていただき活用してほしいと思います」
“心を亡くす”と書く多忙な時期だからこそ、家族で悩みを打ち明けあい、今の会社で働く意味を改めて考えてみてもいいのではないでしょうか。