「最近、高齢の親の物忘れが気になるようになった」「この先、認知症になったときが心配だ」-。50代になると、自分の健康だけでなく親への心配事も増えてくるのではないでしょうか。もし、親が認知症を患ったときには、周囲の人には身の回りの介助や施設・リハビリへの通所のサポートなど時間的・体力的な負担のほか、治療にかかる医療費や介護費用など経済的な負担もかかります。万が一、認知症の親が徘徊中などに思わぬ事故を起こしてしまったときには、高額な賠償責任を負うリスクも心配です。今回は認知症の親のトラブルや賠償、対応できる保険についてファイナンシャルプランナーの加藤梨里さんが解説します。
家族が交通事故の賠償責任を負うことも
運転中にアクセルとブレーキを踏み間違えたという高齢者の交通事故が、連日のようにニュースで報じられています。高齢により物事や状況の理解力や判断力が低下してくると、それまで健康だった人でも他人事とは言い切れません。車の事故に限らず、水道の蛇口を閉め忘れて出しっぱなしにして水漏れさせてしまったり、たばこや火の不始末で火事を起こしてしまったり、日常生活でのうっかりミスが大きな事故を招いてしまう恐れもあります。
事故によって人にけがをさせたり、人のモノを壊したりしたときには、民法上の賠償責任を負うのが原則です。認知症が原因で、自分が起こしたことの責任を理解する能力がない人は「責任無能力」として賠償責任を負わないこととされていますが、その場合には家族が監督義務を怠ったとして賠償義務を課されてしまうことがあります。
賠償責任を負うと、発生させた損害の規模に応じて賠償金を支払うことになります。自動車事故を起こして人を死亡させてしまった、水漏れや火災を起こして他の人の家・部屋を使えなくさせてしまったようなケースでは、賠償額が数百万円や数千万円規模に上ることがあります。このような高額賠償を負うことになれば、家族にはあまりにも大きなダメージでしょう。
自己負担ゼロ!賠償保険を自治体が導入
こうした事態での経済的負担を軽減するために活用できるのが、個人賠償責任保険です。高齢者や認知症の人向けのものは、お住まいの地域で加入できることがあります。「認知症高齢者等個人賠償責任保険事業」や「高齢者あんしん補償事業」などの名称で、神奈川県大和市、海老名市、愛知県大府市、栃木県小山市、福岡県久留米市、東京都葛飾区など、2020年時点で全国約60か所の市町村が制度を設けており、その後も導入する自治体は年々増加しています。高齢者や認知症の人が徘徊などで行方不明になってしまったときの捜索や見守りの制度の一環として導入されているところもあります。
こうした制度を通じた保険の多くは、住民自身の保険料負担はゼロ、もしくは年間千円~数千円程度で、加入している高齢者や認知症の人が事故を起こして他の人に損害を与えてしまった場合に、保険から賠償金が支払われます。先述したような交通事故や自宅での事故のほか、踏切に誤って侵入して電車を遅延させてしまった、ひとり歩き中に店頭の商品を落として壊してしまったーといった日常生活全般での賠償事故も対象になります。自治体にもよりますが、最大で1~3億円など高額賠償にも対応できるようになっています。
また、一部の地域では賠償責任の補償だけでなく、認知症の人がけがをしたときに給付金が支払われたり、賠償責任がなくても見舞金が支払われたりするところもあります。
保険や制度へ加入登録できるのは、認知症と診断確定されている人やその疑いがある人、過去に徘徊などで行方不明になったことがある人などです。診断書など、認知機能の状態がわかる書類とともに地域の窓口に申し込みます。
民間の保険会社や共済でも加入可能
お住まいの地域に制度が無い、高齢だが認知症患者ではないといった理由で行政の制度を利用できない場合には、民間の保険会社や共済で個人賠償責任保険に加入することもできます。自動車保険、火災保険、傷害保険などには、特約(オプション)として個人賠償責任保険を付帯できるものがあります。保険料は自己負担になりますが、月々100~200円程度でそれほど高額ではありません。
保険の内容は自治体経由で加入するものと基本的には同じで、日常生活や自転車に乗っているときなどに起こした事故で賠償責任を負った場合に補償されます。保険金額の上限は保険会社ごとに決まっています(自分で選べる保険会社も一部あります)。
ただ、これらは原則として火災保険や自動車保険などとセットで加入するもので、個人賠償責任保険だけを単独で契約できるものはほとんど無いようです。一部の生命保険会社からは認知症と診断されたときに保険金がおりるなど、認知症専用の保険も販売されていますが、こちらは賠償責任への補償とは別のものです。
火災保険や自動車保険、補償範囲の確認を
すでに加入している火災保険や自動車保険などがある場合には、個人賠償責任保険が付いていることもあるでしょう。保険に契約している本人だけでなく、同居している親族が起こした賠償事故も対象になるものもありますので、息子や娘が加入している保険の個人賠償責任補償で、同居している親の事故をカバーできる可能性もあります。加入している保険のオプションや補償範囲を確認してみましょう。
また、個人賠償責任保険でなくても、事故の内容によっては他の保険で対応できます。例えば、車の運転中の事故なら、自動車保険の対人賠償責任保険、対物賠償責任保険の対象になることもあります。責任能力が無い人が自動車事故を起こしたときには、たとえ別居していても息子や娘などの家族が監督義務者として責任を負うおそれがありますが、最近は本人が自動車保険に加入していれば、そのようなケースで家族が賠償責任を負った場合にも補償されるーとしている保険会社もあります。
賃貸物件に住む人が水漏れや火災を起こして借りている部屋に損害を与えてしまったときには、部屋を復旧、修繕する費用を大家さんに賠償しなければなりません。こちらについても認知症などで責任能力のない人が起こした事故では家族が監督責任を問われることがあります。賃貸用の火災保険にはその賠償費用が保険金としておりる「借家人賠償」という補償がセットされていますが、同居している認知症の親などが事故を起こし、家族が賠償責任を負ったときにも補償の対象になることがあります。
認知症のご本人や、ご家族が加入している保険で、もしもの事故や賠償に備えられるかもしれません。お住まいの地域の制度とともに、確認しておくと安心です。